名残惜しくも今日のオフ会は解散となった。まあ別に仮想空間上ではかなり制限なく会えるが、それでも対面での色々というのは楽しいものなのだ。
家に帰ってシャワーを浴びてしっかりと化粧を落として髪を洗い、乾かして準備をしたらベッドに寝転んでヘッドセットとかの一式をつける。
「楽しんできたかい?」
そう言うのはBar Panoptica管理人のチーフ。今回のオフ会で呼ばれなかった関係者の一人である。
「ええ、とっても」
わたしはカウンターに座り、差し出されたテキーラの入ったグラスを呷る。
「そいつはよかった」
笑うチーフ。本当は記念写真とか用意したかったのだが基本的にみんな写真が嫌いなのでなしになった。
いえわかってますよ、XR端末つけていれば自動的にカメラに情報は蓄積されるし、容量の問題から全て記録されるわけではないにせよ設定を変えれば録画はできるしそうでなくとも圧縮して保存することは技術的に可能だって話はあります。
一応明確な撮影の場合はそれを示すってことで赤いランプつきますけど、あれ外明るいと見えないしテープ貼ればすぐ隠せるんですよね。それにあれ自主規制らしいですし。
それでも土産話というわけで今日の流れを話していく。そうしていると後ろからドアベルの澄んだ音が聞こえた。
「こんばんは……」
一瞬誰だかわからなかったが、すぐに目の前の白髪赤目がセキさん……じゃなかった、概念同化機構さんだと思い出す。リアルアバターもあるからわかりにくいんだよな。
「おや、旅先からアクセスかい?」
「みたいですね、トラッキングが光学ですし」
「なんでチーフもソニドリさんもそんな一瞬でわかるんですか?」
「あたしはほら、ここのアクセスログ持ってるからIPアドレス見れば地域は特定できるし」
「手の動きにちょっとつっかかるようなところがあって、光学式のやつだとそれが起こりやすいから」
言ってから気がついたが結構気持ち悪い分析をしてしまった気がする。チーフの方はいつものことだからいいか。
「それで何しに来たんだい?慣れない枕だと寝れなかったり寝過ぎたりするからほどほどにした方がいい」
「……本当はチーフだけに話したかったんですが」
「じゃあ落ちる?」
別に今から寝てもいいのだ。特に問題が起こるわけではないし、明日早起きして多少スッキリした頭でゲームが遊べる。いや実際のところ起きるのはいつもと同じ昼過ぎで頭もそんな回らなくてなんだ無駄に寝ただけかってなる気もしますけど。
「……いいです、そこまでじゃないので」
「そう」
「それで、今日は機械油じゃなくていいのかい?」
「あのサービスのドリンクって今まで機械油だったんですか!?」
なんか概念同化機構さんが驚いている。そうだよなここに来る時は大抵あの球体メカアバターだったのでこの姿でいることは相当珍しいんじゃないか?
「冗談だよ」
そう言いながらチーフはわたしに出したのと同じものを概念同化機構さんにも出す。
「いただきます」
そう言って決して大きくない両手でグラスを掴んでちびちびと飲んでいく概念同化機構さん。
「
「うぇ……」
チーフの言った光学式トラッカーのブランド名を聞いてわたしは正直驚きよりも気味の悪さの方が先に出てしまった。服に柄とかがあれば精度が良くなるけど基本的に何もなくてもそこそこの精度でモーションデータを得られる小型で安価で持ち運びにはちょうどいいやつ。持ってないけど旅行先でVRやるなら確かに選択肢の上位には入るな。
「なんだいソニドリ、変なものでも見たか?」
「そんなところです、参考までに決め手は?」
「通信フォーマット」
「なんだメタですか」
チーフとわたしの会話に概念同化機構さんは小首をかしげている。それでいいんだよ。あなたはこっちに来ない方がいい。手遅れかもしれないとは思わなくはないけど。
「それで、あたしは概念同化機構、あんたからも今日の話を聞いておきたいね」
「わたしのでは不満でしたか?」
「情報というのは多ければ多いほど色々なものが見えてくるのさ」
「十分な処理速度があればって条件がつきますけどね」
昔は情報を集めるのが一苦労だった。情報は馬や伝書鳩よりも早く伝わらないから、そのあたりをちゃんと再現している戦略ゲームは上級者向けというか変態向けのものになっている。
通信技術が発展すると次は人間の脳がボトルネックになり、人工知能の発展で次はまた情報が不足するようになったみたいな話をどこかで聞いたことがある。実際はそんな単純でもないんだろうが。
「ええとですね、まずは今日のオープンキャンパスから……」
概念同化機構さんが少しだけ楽しそうな口調で話し出す。いいことだ。わたしは日記とかつけないけど、やっぱりそういうのがあった方が楽しい記憶をすぐに思い出せていいという話は聞く。その日あったことを誰かに語るのも似たような効果があるだろう。
「まだ頑張る必要はありますけど、ひとまず目指す先が定まったのでモチベーションが湧きました」
「それはいい、ところで大学の先は考えているのかい?」
「あと五年ぐらいあればなんとかなります!」
そう言われてちょっとあれっと思ったがそうか、概念同化機構さんは文系の人だったな。なら学士でもやっていけるのか。情報系の常識を持ち出すのは良くないな。
「ならいいさ、ただ頭の片隅には置いておきなよ」
「チーフのおすすめの職業ってあります?かせくりさんも跳華さんも、すごいんですが私の目指しているところとはまた違う気がして……」
そうだろうな。あの二人はなんていうかのめり込んで結果を出せるタイプだ。概念同化機構さんはこの手の界隈の人には珍しくちょっと引いて状況を把握できる。まだ視野が狭いけど、これは経験と訓練があればどうにかなるだろう。
「まあ、狙うならマネージャーかコンサルタントだね、AIに奪われがちな職ではあるがまだ人間もなかなかやるものだよ。基本的なノウハウを押さえておけばあと十年は代替されないとあたしは見てるね」
「また悲観的な予想ですね……」
わたしはもう少し人間のほうが便利に使われると考えている。人工知能は責任取らせられないし、領域ごとの訓練コストも安くはない。そりゃあ機能を落とせばなんとかなりますが、それなら人間でいいって場合も多い。
あとはやはり、人間同士のほうが対応が楽って人が多いのもある。このあたりは種としての、あるいは生物としての特徴だ。ただ、あと半世紀もあればこれも変わるだろう。二十一世紀が始まった頃には、人工知能が仕事を奪うなんていうのは夢物語に過ぎなかったのだ。