秋のガイダンスは、実質的に入学の時に聞いたものと同じだった。
つまりはここで油断すると成績が落ちて破滅するぞとか、履修の登録をしっかりとしておかないとまずいぞとか、AIを使う時は大学指定以外のものを使うと法令違反で退学もありうるぞとか。
「馬鹿にしてるよな俺らのこと」
「……どういう意味?」
隣から話しかけてくるのは北尾のやつ。髪の色が赤と黄色が交じる感じで派手になっていた。
「ほら、実際のところどのAIを使ったかなんてわからないだろ?」
「文章の場合のウォーターマーク技術はあまり上手く行ってないからな……」
基本的に人間が作り出せそうなものを作るのが人工知能だ。もしあるテーマに対して文章を書く時、十分しっかりと調べた人間と十分なインプットを持った人工知能であれば似たような内容になることは十分考えられる。
それが短い文章ならなおさらだ。だからこそ、文章みたいな分野で「偽造」という概念は成り立ちにくい。例えば写真を模した画像であれば人力で作るのはそれなりのツールと時間が必要になるが、
そしてそれに本物の写真だという背景情報なりストーリーだのを添えれば、人を騙すのはそう難しくない。ここでの問題は多くの人間にとって画像は受け入れやすいという点にある。信頼性が高いとか、騙されやすいと言ってもいい。このあたりは認知科学と呼ばれる分野で色々研究されていますね。
っと、話を戻そう。こういった画像を生成する際には原則として生成された画像であることを示すための
そしてこういった試みは文章となると非常に難しくなる。余分な情報がないから遊びを入れられないと言えばいいだろうか。つまりはその文章がAIによって作られたものなのか、人間が作ったものなのかを判別するいい方法はあまりないのだ。
もちろん数千文字ぐらいの十分な長さの文章があって、それが完全に人間が何も見ずに書いたものか、あるいは特定の人工知能が作ったものかを判定するのであれば99%ぐらいでは行けるはずだ。逆に言えば百回に一回は判定が誤りになる。
更に厄介なのは、人工知能が作った文章を人間が一旦読んで、それを自分の言葉で書いた場合だ。この場合には一気に精度が落ちる。ウォーターマークはデリケートなので、仕込んだとしても少し改変されれば消えてしまうのだ。
「……おい河辺、起きてるか」
「寝てた」
考えていたら目を閉じて机に突っ伏していた。やはりここしばらく明らかに非文明的な生活を送っていたせいだろうな。多少は涼しくなったのでやっと外を自由に歩ける。
「で、ガイダンスは?」
「もう終わったぞ」
「じゃあ後は履修登録か、北尾はどうするんだ?」
「正直今の時点だとあんまり俺は人工知能自体に興味なかったんだな……ってなりつつある」
「まあ、早くわかって良かったじゃないか」
一応この大学の中だと人工知能学科はそれなりに難易度高いんだがな。それでも僕だって入った時には正直大学生活とかやる内容をイメージできていなかったので仕方がないところはある。
「で、どうするんだ?今から学科変更の書類でも作るか?」
「いや、数学をやろうかと」
「基礎論寄り?」
人工知能というのはかなり幅が広い概念になっている。この学科でもいろいろな方面で研究をしている先生がいる。例えば今では確立された大規模世界モデルのあたりを固めた人もいれば、もっと基礎的な巨大な行列をグリグリといじくり回してAIに食べさせる情報をいい具合に整理するのをやっている先生もいる。
一応このあたりは少しかじっておいたから秋に必修になっている人工知能学入門もなんとかなるだろう。なんでこれを最初からやらないのかって思ってましたがシラバスを最近見てかなり数学とか実際のプログラミングとかバチバチにやるんだなと思って多くの人には練習が必要だなと納得しました。
「まあ、そんなとこだ」
「とはいえあと一年半はコース選びの時間があるわけだし、ゆっくり行こうぜ」
僕はそう言いながらさっきの説明を思い出す。我らが人工知能学科は三つのコースがあって、それぞれのコースに教授が一人、准教授か講師が一人か二人いる。三年生からコースに分かれて多少特化した授業を履修し、そして教授か准教授か講師が持ってるゼミに配属されて卒論を書けるレベルになり、そして修士や博士で本格的に、という形だ。
とはいえ修士や博士でやりたいことが固まったら別の大学や研究機関に行くのもありだし、そもそも一年生からゼミに出ているアキさんみたいな良くわからない人もいる。僕は周りと合わせつつ適度に頑張るつもりだ。
「だな、河辺はやりたいこと決まってるのか?」
「ひとまず資格欲しいし、その後で実践できるように社会実装のあたりやってるのは触っておきたいかな……」
「となると……情報保安学科とか、なんなら学部が経済経営学部になるが情報経営学科とか行ったほうがいいんじゃないか?」
「経済経営学部だったら気になる先生は仮想社会経営学科にいるんだけどね」
「……すまん、そこに知ってる先輩たぶんいないわ」
「別にいいよ、そこまでのものじゃないし」
仮想社会、つまりは古い言い方をすればメタバース的なやつです。あのいろいろな会社がお金を突っ込んでこれが未来だみたいなことをやってあまり成功しなかったやつ。その上あそこらへんの予算とか人員とかがVR空間の整備とかにきちんと振られていれば規格の統一がもっと進んだし開発が頓挫しなかったプロジェクトとかもあるというのに。おっと私怨が出た。
ちなみに気になっている仮想社会経営学科の先生というのは直接の面識はないものの数年前に
予算を取ってそういう場所に行くのが学術的にどこまで正当化されるんだろう、と読む前は笑っていましたが内容自体はかなりしっかりとしていて文化的差異とか代替的ジェンダーの機能とかかなりしっかりとした議論だったので面白かったのを覚えている。