セミダイブ!   作:小沼高希

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回転、反転、逆回転
回転、反転、逆回転 1


「というわけでこの二次元の回転行列を拡張していくことにする」

 

火曜日の一限からやられているのは楽しい数学の授業。とはいえ春にやっていたものよりはもう少し実用的だ。

 

今は空間の中で物を動かした時にどういう座標に移動することになるのかのあたり。これがどの分野に使われているかは、列挙するとかなり楽しいことになるだろうな。

 

まずはXRとVR。視線を動かすことはカメラを回転させることで、その視野に映る物体の位置を計算するのはたぶんこれとほとんど同じ方法が使える。

 

画像処理のあたりでも同様のものは出てくる。複数のカメラから捉えた特徴点をもとに一つの三次元空間を構築するためには、誤差とかを加味した上でこういう計算が必要だ。

 

あるいはこれを高次元の回転と捉えるとデータを数の束、つまりは座標やベクトルとして扱う分野にも強く関連してくる。人工知能が学習する情報の下処理のあたりをちゃんとやるともう少し複雑な記号がでてくるが、たぶんやっているのは今黒板でぐるぐるしている矢印へやっている作業を一般化したものに過ぎない。

 

「ミドリさん、聞いてる?」

 

「まあ」

 

そしてなぜか隣りにいるアキさん。この授業は一応学部開講だが比較的人工知能学科の人が多いはずだし、量子情報学科みたいな数学をバチバチにやる人から見ればあくびが出そうな内容のはずだ。

 

それなのに、アキさんは僕と同じ授業を履修している。

 

「……というか、アキさんにとってこれってどれぐらいの難易度なの?」

 

前の方の席に座って小声で会話するのは先生から目をつけられるんじゃないかとも思えるが、実際のところやってみるとかなり黙認されている。これはたぶんそれなりに声を落としているのと真面目な会話ばかりしているからだろう。

 

もし明日遊びに行く予定なんかをやっているのならともかく、今の課題についての相談というか議論の範疇だ。それでいてこれを先生に聞くと授業が止まるかなってレベルのものだと、悪い影響を与えていないのでまあいいかと先生も大目に見てくれる。そうやって実績を積み上げて授業中に堂々とXR端末を使って色々見れるようにするんですね。

 

ちなみにアキさんはこれをそれなりに前からやっていて、授業中にその分野のもっと先のあたりの文献を読むという失礼なのか勉強熱心なのかよくわからないことをやっている。それで先生の資料にミスがあったりするとまっすぐ手を挙げて下手すると詰めるように議論をするのだ。

 

先生の方もかなり気合を入れて対抗しているので横から見ているとかなり怖い。口調は丁寧だし笑顔も浮かべているのにどこか寒気がするのだ。

 

「簡単」

 

「……そっか」

 

僕にとってもそこまで難しくないからいいのだけれどもね。しかし問題はこれからですよ。後半の授業から厳しくなっていくらしいです。

 

さて、アキさんについて話を戻そう。彼女は春に取った授業を片手間にこなし、ほぼ全ての科目で最高の成績を叩き出した。ちなみに僕はそこまでではありませんでした。

 

そして授業が楽勝なのではと気がついてしまったアキさんは朝から晩まで授業で埋めるという暴挙に入りました。内容としては三年生向けの量子情報理論から環境生命学部食料生産学科での授業まで。楽しそうなものを予定の許す限り片っ端から取ったらしい。

 

ただ、僕とユミナさんと相談した上で開けているコマがある。奇しくも火曜日の二時間目という春までと同じタイミングだ。

 

そんな事を考えていたら授業が終わった。というわけでユミナさんと待ち合わせている食堂へ出発だ。ちなみにユミナさんのほうは火曜日は午前中休みだそうです。

 

「アキさんは成績とか大丈夫なの?」

 

「落ちたところで別に大きな問題もないから」

 

「ならいいけど……」

 

そんな会話をしながら僕は隣の人を見る。本当に大学生活を満喫しているよな。元の能力が高いから他の学生に合わせたレベルだと特に苦も無く理解できるのだろう。それがたとえ多少離れた分野であったとしてもだ。

 

「論文とか学会とかは一年生のうちはいいかなって。インプットをしておきたい」

 

「多少は加減しなよ」

 

「してるよ、基本的に課題は少なくして授業内のテストで評価されるようなものを中心に選んでいる」

 

「それでいいのかな……」

 

とか言って食堂に入るとXR端末をつけたユミナさんが事前に席を取っておいてくれていた。

 

「見たよ時間割、アキちゃん本気?」

 

「問題ないと思う」

 

「無理なら早めにしなよ?取消期間はまだあるんだから」

 

「ありがとう。ユミナさんのほうは時間割決まったの?」

 

「んーとね、こんな感じ」

 

ユミナさんが空中で手を動かすのを見る。あのスワイプするような動きとなるとブラウザ、となると履修登録のやつかな。あるいはシラバス閲覧。

 

僕とアキさんは座って端末を装着。

 

「うわ、片付けたら?」

 

思わず言ってしまうほどにユミナさんの周囲にはウィンドウが溢れていた。

 

「ごめんね、知り合いからもらった情報をメモにしてたら膨らんじゃって」

 

「要約処理とかしたほうがいいわよ、最適化だって手作業でやるよりは効率いいだろうし」

 

「どうやってやるの?」

 

ああそうか、この手のAIって使い慣れていないと何ができるのかそもそもわからないことも多いですからね。あとアキさんはこちらに視線を向けるな。僕が結局全部教えることになるじゃないか。

 

というわけでリアルタイムで操作を教えてマニュアルを作りました。クラウドで動く個人用の補助AIは大抵の場合XR端末のメーカーとかがアカウント作る時に計算資源をくれるのでそれを使えばけっこうアシスタントとしては便利なものができるのですよ。

 

「ところでアキさんはこういうの使ってるの?」

 

僕はアキさんのやつのちょっと設定を弄りながら聞いてみる。使用ログを他人に見せるのは良くないよと言おうとしたがミドリくんにならいいよって言われたらそりゃ真面目にやるしかないですよ。

 

「数式処理補助とかがメインかな、あと文献探索」

 

「脳髄が大学に最適化されている……」

 

一方でユミナさんのログのほうは趣味の遊びに映画、友達とのやり取りにSNSの生动(シュンドン)。なんていうか、これはこれで大学生活を満喫しているようで羨ましくはあるな。

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