セミダイブ!   作:小沼高希

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回転、反転、逆回転 2

チャイムが鳴る中、息を切らせて階段を上がり廊下を駆け足で抜ける。正直この授業の履修を決めたことを後悔し始めていた。なにせ思っていたよりキャンパスが広い。

 

「……遅刻者か、名前は?」

 

後ろの方の扉から教室に入った僕に、教室内の十人ぐらいと先生から視線が刺さる。

 

「河辺(ミドリ)です」

 

とはいえここで言い訳をする必要もないだろう。粛々と答えて前の方の席に座る。相変わらず学生の皆様は後ろの方で固まってらっしゃる、なんともコミュニケーション活動に熱心なことで。

 

「そうか」

 

黒板の前に立つのは白髪が少し交じる初老の男性、拡張現実学科の(ミヤ)教授である。

 

というわけでやってきたこの授業、延展現実実践論。本来は情報芸術学部のものなのですがVRの参考にでもするかなという気持ちで履修登録をしました。

 

ちなみに難易度としてはシラバスでは相当高いとか言って脅しているのですが、サンプルコードとか見たところ楽勝って感じでした。もしどうしようもなかったらアキさんに泣きつきます。ちなみに今の時間はアキさんはゼミだそうで。

 

ちなみにユミナさんについてはこの授業のレベルが高そうなので後回しにするそうです。そりゃそうだ。三年生向けのやつだぞ。

 

「つまりはXRを構成する要素はかなり広い」

 

スクリーンを下ろしてはいるがスライドを使わずに先生は黒板にチョークを走らせる。絵はかなり上手だ。今はXR端末の基本的な構造について話をしている。利用者、環境、通信、機材。これらが相互作用するせいで、処理速度というものがかなり重要になってくるわけだ。

 

今どきはこういう絵も生成してしまうことが多いが、どうしてもミスとかが出やすいので手で描くのを好む人も少なくない。技術書とかだと手書きでやって後から修正かけてとかいうのもやるらしい、と跳華さんが以前言っていた。

 

このあたりはVRでも似たような議論がある。光が遅いのもあって、計算を分散して行ったり利用者の行動を先読みして事前にエンティティを用意しておいたりとかがあるのだが、そのあたりもかなりしっかり説明してくれるようだ。

 

「つまり、デザインの段階から軽量化を常に考える必要がある。もちろん最終的な成果の質を高めることも重要だが、最低限動くモックアップを作ることも同程度に重要だ」

 

そんな形で授業が進んでいく。というかかなりレベル高いな。VR分野にもかなり応用が効きそうなので、かなり楽しい。もちろん理解できない範囲ではない。というかなるほど、このあたりの処理ができるなら来訪者のスペックに合わせてより高度な演出を提案とかもできるんじゃないか?帰ったら少しやってみよう。

 

「ああ、あと確認だが今XR端末を今持っている人は?」

 

先生の声に手を挙げながら後ろを向くとほぼ全員が持っているらしい。

 

「今持っていない学生で、所持していない人はいるか?」

 

反応からするといない。満足そうに先生は頷く。今どき持っていない大学生はかなり稀だろうからな。スマートフォンみたいな古い端末を使っている人がいないわけではないが、それでも大抵はXR端末との併用だろう。

 

「次週以降は持ってくるように。それと最終課題についての説明だ」

 

気がつくと授業時間は終盤に差し掛かっていた。かなり濃密だ。余計なことを考える余裕が殆どなかった。

 

「授業の内容を踏まえて何らかのXR作品を作ってもらう。ポートフォリオにするのは自由だ。チームで作ろうが、個人でやろうが構わない」

 

あー、なるほど。そうされるとちょっと僕には不利になることがある。なぜなら組む相手がいないからだ。悲しいね。そしてここにいる人達はもうすでにある程度知り合いというか三年ぐらいの付き合いだろうから、後ろからざわざわと話し声が聞こえてくる。

 

「……なんだね、河辺さん」

 

手を挙げた僕に宮先生が言う。

 

「履修していない人に手伝ってもらうのは許可されますか?」

 

「権利について問題がなく、かつ主たる制作者が履修者であれば許可される。詳しい条件については個別に相談しても構わない。空いている時間については知っているかね?」

 

「いいえ」

 

「なら後で説明しよう」

 

なんていうかかなり硬い人だ、というのが印象。前に会った時もそうだったけどさ。

 

ただここまでとなると、たぶんそういう演技だな。理由はわからないが、こうやって壁をしっかりと作ることに意味があると考えているのだろう。面倒見はしっかりとしていそうな気配がするけど。

 

というわけで早めに授業が終わる。

 

「それで、河辺さんだったな」

 

そう言いながら宮先生は教卓の上に置いていた紙みたいなものに触れた。

 

「電子ペーパーですか」

 

液晶よりも値が張るのでそこまで普及しなかったやつ。先生の持っているものは折りたたみができるA3サイズかな。紙新聞とか読むのには向いているのかもしれない。

 

「良く知っているな。表示媒体としての利点はわかるか?」

 

「白黒のコントラスト、でしょうか。あとは反射で表示するのでエネルギー消費が低いこと、とか」

 

名簿を確認していたらしい先生が目を上げた。

 

「なるほど。ああ、人工知能学科か。シラバスは読んだか?」

 

「ええ」

 

アキさんやユミナにも確認したが、他の学部の授業を履修することにこの大学はかなり寛容だ。もちろんそれで学びきれなかったりわからないところを放置して落第するようなら自己責任ということになっているが。

 

「いや待て。……ガレーナ、だったか?」

 

「ええ」

 

以前Bar Panopticaのチーフもといガレーナさんに頼まれてこの先生に伝言をしたことがある。口ぶりからすると二十年前、あの「紛争の十年」あたりの頃に色々あったらしい。

 

「あいつの弟子か?」

 

「……否定はしません」

 

「まあいい、履修を拒む理由もないしな」

 

「よかったです」

 

「XR作品の作成経験は?」

 

「ありませんが、基本的なソフトウェアの使い方は問題ないかと」

 

前提として履修が推奨されている授業の資料などを確認したが、すでに触り慣れているソフトでやっている内容だった。VRでは主流のConligoがXRで使われることは少ないけど、Conligoで使う色々なやつは結構共通しているのだ。

 

「なら大丈夫だろうな、あと高桑さんにもよろしく頼むよ」

 

高桑さんって誰かと思ったけど弓凪(ユミナ)さんか。名前呼びしていると名字を忘れてしまいがちになるの、良くないな。

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