セミダイブ!   作:小沼高希

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回転、反転、逆回転 5

「ああ、あと河辺さん、少し残ってもらえるかね?」

 

「はぁい……」

 

気合が入らない声を出してしまう。今受けている延展現実実践論の密度に三回目の授業にして追いつけなくなりつつある。

 

なにせ内容が僕がVRで持っている知識のXR版とでも言うべきレベルなんですよ。エッジコンピューティングみたいな裏側から、いかにして相手が想像していなかった、そして納得する演出をするかという表側の話まで。非常に勉強になる。全てを理解できるかは別の問題。

 

内容は縦横無尽で、具体的なコンテンツ名まで出るのでちょっとやそっとのアイデアはすぐに潰されてしまう。ただ内容としてほとんどCAI(創造的人工知能)が出てこないのは少し奇妙な気がしなくもない。

 

そうしているとチャイムが鳴った。九十分の長い授業が終わって、僕はようやく背筋を伸ばす。

 

「ええと宮先生、それで何の用事でしょうか」

 

「プラットフォームの被験者に応募しただろう?」

 

「しましたね」

 

「VRの体験はどれぐらいある?」

 

一応アンケートでは「ほぼ毎日」「一日に三時間以上」という明らかなVR中毒者のレベルでやっていると正直に告げたが、じゃあ具体的にどのぐらいと言われると難しいところだ。

 

「それは体験する方ですか?それとも作る方ですか?」

 

なのでちょっと踏み込んで質問してみる。一応相手──宮庄治教授はXR分野の作ったり、あるいはインフラを整備する方の専門家である。

 

「体験だよ、例えばどういうガジェットを使っているかなどあたりを聞いてみたい」

 

「今、XR端末を使っても?」

 

一応ちゃんとした会話でXR端末の方に意識傾けるのは失礼に当たるので確認。

 

「構わない」

 

「少し待ってくださいね」

 

そう言ってからXR端末をかけて、手首に二言三言呟く。

 

「……こんなものか」

 

表示されたのは家で使っている周辺機器一覧。こういうものが一瞬でできるのでCAI(創造的人工知能)を手放せないのですよ。一方でこんな事をやっていては脳を自覚的に使わないと劣化してくなというのにも同意する。

 

とはいえ車を日常的に使っていてもランニングを趣味にする人もいるし、アキさんなんかは数学の問題を解く時に補助ツールをいっぱい並列起動させるがそれでアキさんの頭が悪くなるなんてことはないでしょ。

 

「このリストでわかりますか?」

 

そう言ってテキストエンティティを先生に渡す。こういう時に紙に書き起こすとかそういう手間を一つ挟まなくていいだけXR技術というのは僕たちの生活を楽にしてくれている。

 

「……かなりのものだ、安くないだろうに」

 

「アルバイトとかしたんですよ」

 

嘘ではないよ、嘘では。Euphilia(ユーフィリア)で手に入った暗号資産で買ったものですから。一応たぶんおそらく合法のはずです。少なくとも税務署が来たことはない。来たら土下座するしかない。

 

あとは個別にちょっと機材の説明とかした。脳計測デバイスなんかはあまり聞き慣れないようで根掘り葉掘りとまでは行かないけど色々質問された。そりゃそうだよ、あんなデバイスを趣味で使う人はそうそういませんもん。Conligoでもめったに見ないし、念写師なんていうのは跳華さん含めて食っていけるレベルとなると数えるほどしかいない。

 

「……東京総合大学の荒巻先生については知っているか?」

 

「ええと、間違っていなければ耳のあたりに電極付ける人ですよね」

 

ポスターに載っていた名前だ。名字まではっきりと覚えているわけではないがこの文脈で出てくるならこの人だろう。

 

「そちらで覚えているのか、まあプラットフォームの開発ベンチャーの人で共同研究者なのだが、もし脳機能計測のほうで協力できるようなら、君に話がやってくるかもしれない」

 

「面白そうですね」

 

こういう話題はできるだけ関わっていくのがいいのだろう。大学生活というのはそれなりに時間的余裕が、少なくとも僕の場合はあるもので、色々と見る機会があるならそれを逃さないほうがいいはずだ。

 

「それと、これはあくまで完全に決定したわけではないのだが君は被験者の一人に選ばれそうだ」

 

「どのあたりが決め手でした?」

 

「VRへの知識と感覚、だな。この手のものにすでに触れている人も被験者に加えられれば、興味深いデータが取れる」

 

「大丈夫なんですかそれ」

 

人体実験みたいな言い方である。もちろん僕も色々な利益と引き換えに個人情報とか脳計測デバイスのプロファイルデータとかを企業や研究機関、あるいは趣味で分析している個人に回したりしているので合意があればいいのかな。

 

「一応はヒトを対象とする実験になる以上、研究倫理ガイドラインに沿った扱いをしているぞ」

 

「そこまでのものなんですか」

 

「なにせ最悪の場合、後遺症が残りうるからな」

 

「……どういうことです?」

 

そう聞く僕の前に宮先生は論文を一本出す。タイトルはChronic Vestibular Dysfunction and Persistent Postural-Perceptual Dizziness Induced by Galvanic Vestibular Stimulation in Virtual Reality: A Three-Year Case Study……って長いな。日本語訳してしまおう。

 

「そういうものはできるだけ英語で読めたほうがいいぞ」

 

僕の指の動きから読んだのか、先生が言ってくる。ええと仮想現実における前庭電気刺激によって誘発された慢性前庭機能障害と持続性知覚性姿勢誘発めまい、三年間の症例研究っと。

 

患者は三十代男性、リハビリ分野の研究者として実験のためにVR空間と連動した前庭電気刺激を日常的に使っていた。いきなりめまいと吐き気と平衡感覚障害を発症。VR端末を外しても症状は続き、医学評価では構造的な異常はないもののめまいに襲われるようになったそうで。

 

「……これ、どれぐらいの頻度で起こるんですか?」

 

「今のところ確認された例は数件だけだ。とはいえこれのせいでGVS……前庭電気刺激の利用はブレーキが掛かったがな。ただ発症メカニズムはかなり特定されている」

 

改めて作者を見るとそのうちの一人にAramaki Y.とある。なお読み進めるとリハビリや薬による治療もあって、杖があれば普通に歩けるしめまいも一ヶ月に一度ぐらいになったらしい。論文の書かれた時期とかを少し考えると、今はこの患者はもうそれなりの年齢になっているはずだ。

 

「……もしかして、この荒巻さんって杖を使っています?」

 

「ああ」

 

「……なるほど」

 

つまりは研究のために毎日使うレベルじゃないとあまり問題にならないのか。ちょっとだけ安心だ。

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