セミダイブ!   作:小沼高希

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回転、反転、逆回転 7

VR技術の目標の一つは、あらゆる操作から違和感を除くことだ。

 

例えば今のところ、一般的な設備では何かを投げた時に手に反作用が起こるようにすることはできない。感覚の全てを物理世界と同じようにすることもできない。

 

だからこそ、どうしてもVRでできるジャンルというのは限られる。例えばVRで激しく動くようなアクションゲームで成功したものはあまりない。

 

「昔のVR小説といえばフルダイブというのが普通だったんですよ、ご存じない?」

 

「古典でしょう、半世紀前の小説を読んだことあるのは老人では?」

 

「いやそこまでじゃないだろ、ナーヴギアの発売は2022年5月、26年前にすぎない」

 

「それを知っているのはもう老人だよ」

 

楽しい議論が行われている。えっ僕ですか?知ってますけど。何だよ老人じゃないよ。古典作品だし。アニメだって総集編だけど見ましたよ。

 

というわけでわたし達の前に生成された年表と史実の年表が並んでいく。こういう時に色々情報を引っ張ってきてまとめてくれる補助AIというのは便利ですね。かつてはここで一旦会議を区切って資料が集まってから再開とか普通にあったらしいし。

 

「古典作品では『ニューロマンサー』。映画では『トロン』に『マトリックス』、小説では『ゲームウォーズ』に『ソードアート・オンライン』。とはいえ実際にVRが普及して以降は少ないか?」

 

「いや、一ジャンルとして確立されたところがあるからな……。『シャングリラ・フロンティア』あたりは掲載期間がかなりVR黎明期と被っている」

 

「いやお前が見ているのはコミックの日付だろ、あれはもともとウェブ掲載のものだったはずだ」

 

「いや小説版ないぞ」

 

「あの作品は直接コミカライズされたんだよ」

 

「ハァ?」

 

みたいな話が続く。うーん聞いたことあるようなないようなって言った感じだな。

 

そういう夢を描いた作品に比べ、史実の年表の方は実に悲しい内容だ。スマートフォンで培われた技術が理論的には存在してプロトタイプもいくつかあったVR分野に投入されるも相次ぐ失敗。2020年代後半には趣味のツールとして広がりを見せるも、その後の「紛争の十年」に伴う経済危機で業界自体が打撃を受ける。一方でXRのほうは着実に成長していて知らぬうちに追い越されて、といった様子だ。

 

「やはり現実に乗せるほうが技術的にも容易だし感覚的にも理解しやすいからな、特定の刺激がないことを無視できるのは訓練の賜物なのだよ」

 

その言い分には全くもって同意だ。例えばついさっきまで、わたしの意識の中から背中に当たるベッドの感覚は消え落ちていた。これは慣れないとできないことだ。

 

何かをつまむ動作のかわりにボタンを押し、持ったという感覚をコントローラーの信号として受け取る。あるいはアバターと声の間に生まれる違和感をそういうものだと飲み込む。

 

これはできる人とできない人がいる、らしい。VRを友達におすすめして沼に沈めるのに成功してイチャイチャしてますという報告と同じぐらい、VRを友達におすすめして絶交しましたという記事がある。いやこれはどうだろう、正直わからないです。適当なことを言いました。

 

「技術的にはフルダイブなんていうのはまあまず不可能だ。これについてはみなさんも同意してくれるところだと思うがね」

 

そう一人が語ると、皆さんは頷くように同意する。

 

「おや、ソニドリさんは反対の意見で?」

 

「完全に同意、とはいかないだけですが」

 

反対の意見に対する好奇心混じりの声色。あくまで丁寧な対応。こういうところが、このCafé Kraton(カフェ・クラトン)という空間がかなり参加者に制限をかけて培ってきた質というものを感じさせてくれる。

 

「説明をしていただけますか?」

 

「もちろん」

 

わたしは軽く息を吸って、声の雰囲気を落ち着いたものに調整するように、と意識する。

 

「夢と現実を区別する方法はあるでしょうか?わたし達は夢の中で多くのことを経験しますが、それを夢だと自覚することはあまりありません」

 

駒を回せばいいって声が小さく聞こえたけどわたしその映画見ていないんですよ、ごめんね。

 

「脳の機能を落とし、疑うだけの余裕をなくして、適切な情報を与えれば──それはあくまで体験的には、という条件がつきますが、実質的なフルダイブが可能になるのではないでしょうか?」

 

「それは……高いハードルを多少下げることになるかもしれないが、それでもまだ課題は多いだろう?」

 

「けれども、現代の技術で届かない範囲にあるとまでは言えないかと」

 

わたしはまっすぐ歓談者を見つめて言う。

 

「原理上は酔い止めみたいなものです。脳機能を制限する技術は色々と開発されています。それがあれば……ある程度は可能になるかと」

 

「ある程度は、ですけどね」

 

少し寂しそうな表情を浮かべた人が言う。

 

「問題提起が良くなかったな。そう遠くないうち──そうだな十年以内に、多くの人が現実と見まごうような、物語のようなフルダイブを実現できるか。これならどうだ?」

 

「なら無理だという方に賭けますね」

 

XR端末ですら一定以上の世代への普及率は低いのだ。そして今なおスマートフォンやタブレット端末、あるいは電子ペーパーみたいなものは小さいながらも市場を持っている。

 

VRはそれに比べれば現実世界と切り離されている分、敷居がとても高い。あと値段もそれなりに高い。一揃いで二十万かもう少しはするんじゃないか?いや中古のHMDと光学式トラッカーのVISCUM(ヴィスカム)なら十万円ちょっとになるかもしれませんけどそうするとやっぱり操作性に難があると思うんですよ。

 

「なるほど、この点では意見の一致を見るようができてよかった」

 

「いやしかし未来というのはいつでも我々の期待を裏切ってきましたからね。XR端末の普及なんて二十年前にはほぼ予想されていなかったでしょう」

 

「素材と通信とバッテリーの発展が大きいな、特にVRと違って材料が揃っていなかった分、急成長を読めた人は少なかったわけで」

 

「しかしあれも数多の戦乱の落し子の一つですよ、そういう意味では別にXRに限られたわけじゃないですけど、案外我々の生活は血にまみれている」

 

笑いなのかため息なのか、わからないような空気がテーブルの間に満ちた。こういうのは難しいところなんだよな。

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