Party in May, rue the day. 1
「二人はさ、連休中にどこ遊びに行くの?」
間もなく始まる授業の準備をしていると、ユミナさんがやってきて僕と隣のアキさんに声をかけた。
「相手に対してどこかに遊びに行く予定がすでにあることを前提に質問するのは暴力よ」
アキさんにそう言われてユミナさんがしゅんとしている。ちょっとかわいそう。
「……もう少し、優しく言ったら?」
「そうね、遊びに行く予定はないから、たぶん休みの間は読書かプログラミングをしていると思う」
「まっじめだ……」
「違うと思うよ」
感心するユミナさんに僕は声をかける。
「こういう人は、読書やプログラミングを課題とか苦行と思ってない。ユミナさんだって人と話したりとか、自分の好きなことをするのを辛いとか大変とか思わないはずだけど」
「いやわかるよ、そのくらいは」
すっと冷めたような落ち着きの中で、ユミナさんは言う。
「それでも、ウチは自分ができないことをできる人に対しての敬意を忘れたくないんだよ。簡単にやってるからって見下したりしたらさ、そういうふうに思われるならやらないってされるかもしれないでしょ?」
思った以上にユミナさんはしっかりと考えている人のようだ。反省しよう。
「……ごめん、僕も先入観に囚われすぎてた」
「二人とも、面倒なことを考えているのね」
ノートパソコンを覗きながら、アキさんはさらりと呟く。
「でさでさアキさん、もし予定がないならウチと遊びに行かない?」
「……どこに?」
「色々あるよ!ショッピングモール行ってもいいしカラオケで歌ってもいいし、遊園地とか水族館とか温泉旅行とかもできるよ!アキさんが好きなとこでいいから!」
「……ユミナさんはなんでそこまでするの?」
訝しげに聞くアキさん。たぶん自分にここまで積極的に関わろうとしてきた人がいないからよくわからないんだろうな。わかりますよ。僕だってVR始めてすぐはなんでこんなに人間は他人におせっかいを焼くのかとか思いましたもの。
「え?だってアキさん数学とプログラミング得意なんでしょ?私の知り合いにそういう人がいないから、興味深いなって」
「……そう。ただ、私と遊んでもそこまで面白くならないと思う」
見ているとアキさんの冷たさとユミナさんの健気さに涙が出てくるな。ユミナさんってこういう人をあまり知らないんじゃないだろうか。だから自分の想定外の反応に慌ててなんとか得意分野に持ち込もうとしているとか。よくわからないけど。
そんなタイミングでチャイムが鳴って、授業が始まろうとする時間が来た。
「ごめんっ、終わったらまた声かけるからそれまでちょっと考えてみて!」
アキさんはそう言って後ろの方に小走りで戻っていった。なんだよ前の方で授業受ければいいのに。
そういうわけで始まった情報技術要論A。今日のお題はインターネットについて。
インターネット・プロトコル・スイートと呼ばれる前世紀から使われ、秘伝のタレか何かのように継ぎ足されてきた
WWWの急速な普及について。今は使われることは減ったけれども、それでもウェブサイトと呼ばれるものは簡単に作ることができ、基本的にどんな端末でも閲覧できるので生き残っている。僕にとって馴染み深いのは掲示板とかWikiサイトとか。
インターネットにおいてデータを送り出すためのプロトコル、その名もインターネット・プロトコルについて。IPv4からIPv6へ移行するための長い、そしてまだ終わっていない戦い。
通信規格の変化、インターネットを構築する端末の増加、XRやVRのような新しい技術のための通信プロトコルの整備。こうやって聞くと、さらりと使っているインターネットが色々なものに支えられているのだなと感じる。
そういう感想を事前に下書きしておきながら、XR端末越しに僕はスクリーンを見る。
「量子コンピューターはその特徴上、個人の家に置くのは……できなくはないが、かなり厳しい。だが、今日の求められる計算速度のためには不可欠なものだ。結果として計算がエッジとクラウドに分割されることになる」
そう言って見せられるスライドは、僕にはある程度馴染みがあるものだ。家で使っているコンピューターと、契約しているクラウドの関係。
そんな感じで今日の一時限目はおしまい。僕は空かせたお腹を抱えつつ、とてとてとやって来たユミナさんを迎える。
「それでアキさん!考えてくれた?」
「……忘れてた。でも、大学に入ったならそういうのをするのもいいな、って思う。ユミナさんのほうは、私でいいの?」
「アキさんがいいの!」
おやおや、積極的なことで。僕もこういうふうに踏み出せたらつかめた出会いとかがいっぱいあるんだろうな。今更悔やんでも遅いが。
「ミドリさんもそうだよね?」
「え、うん」
「ほら、三人で行こうよ」
なんか知らないうちに僕も入っている。別に僕も休みの間なにかすることがあるかと言えばないから付き合ってもいいけど。それぐらいのお金の余裕はある。
「一旦食堂に移らない?ここは次の授業もあるし」
僕の言葉にユミナさんはちょっと驚いたように背筋を伸ばした。
「あっそうだね、ごめんウチ話し出すと止まらなくて」
そういうわけで皆で移動である。今日のお昼は何にしようかな。定食とかにしようかな。
「そういえば、アキさんに前に僕、メッセージ送ったんだけど」
「……あー、返信を面倒くさがってやっていなかった」
悪びれもせず言うアキさん。
「別にいいよ、そういうの僕だってあるし」
「それで、私に何を言いたかったの?文面にはなかったけど」
「知り合いから聞いたんだけど、アキさんって量子プログラミングが凄いんだって?」
「……私よりできる人は、この大学でも何人もいる」
「一年生で大学でも指折りの実力ってことでしょ?すごいよね」
苦々しげに言うアキさんに対して、ユミナさんが後ろを振り返って言った。
「業界が狭いだけ」
「そういうところに入っていって、ちゃんと実力を認められているアキさんは凄いよ。ウチなんかXRアートとかやりたいって言ってばかりで作品の一つもできてない」
「……大学一年生なんて、そんなものじゃないかな」
僕のぼやきは食堂の自動ドアが開く音にかき消されたらしく、返ってくる声はなかった。