セミダイブ!   作:小沼高希

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回転、反転、逆回転 8

こめかみの部分を二回叩いて、XR端末に表示させていた地図を切る。

 

「ここか……」

 

アパートの最寄り駅から四十分ほど上りの電車に乗って到着した先、東京総合大学病院。軽い消毒液の匂いと、待合に並ぶ人たち。僕みたいな若い人はほとんどいない。

 

つやつやした床を踏みながら、入口で手続きやらなんやらをしていく。今回の実験のためにまず色々と事前検査をする必要があるようだ。ちなみにこれは無料で、拘束時間に応じて少ないながらも謝礼が出る。嬉しいね。

 

「君が河辺翠さん?」

 

クリップボード……じゃないなあれ。クリップボード風電子ペーパーだ。白衣を着た医者にしては少し技術系の目というか相手に対して優しくない視線を向ける男性が荒巻先生である。あ、確かに机のところに杖が置かれている。

 

「はい。荒巻先生ですよね?」

 

「そうだよ。よろしく頼む」

 

というわけで握手を交わす。ここは病院から直接つながっている東京総合大学医歯学域医学群のキャンパス。ここにたどり着くためにこっそり患者は立入禁止の通路を通ったのは内緒です。大学生らしい人の後ろにひょこひょこついていくとすんなり入れたのでセキュリティが緩いのか見逃してもらっているのかのどっちかだと思う。

 

その中の応接室みたいなところだ。さすが医学系、金があるのかソファはふかふかでいい照明と家具が置かれている。我らが桜盃情報工科大学では来訪者が座るのはパイプ椅子だというのに。あるいは命に関わるような会話をそんな安っぽいところでされて事故で死んでは呪いが怖いとかかもしれない。死んでも死にきれなさそうだし。

 

「つまり大型のモーションプラットフォームとなると、まだ未知のことが多い」

 

説明が進んでいく。電子ペーパーに表示される図面にスタイラスを走らせ、荒巻先生は重要部分を赤い丸で囲んでいく。

 

「そうするとある程度VRに慣れた……体性感覚と視覚入力を意図的に切り離せる人のコメントがほしいのはわかります」

 

「いや君いいねぇ、ウチに転入しない?ほら学士取ったあとならさ」

 

「考えておきます」

 

まあ向こうも社交辞令だからな、こちらも営業スマイルで返すだけである。

 

それと加えてかなり丁寧なリスク説明。ちなみにちょっと怖かった持続性知覚性姿勢誘発めまいの可能性はほぼなく、もしあってもすぐに対策すれば日常生活に支障のない範囲になるという。ちなみにそうなったときの医療費のために保険に入っているらしい。ありがたい。

 

「むしろ、物理的な運動に巻き込まれる方のリスクが大きいのでは?」

 

僕は図面を見て言う。高さ三メートル。天井から吊り下げられるような形を取る大型VRモーションプラットフォーム、開発コードネームは「MATAHEI(又平)」。

 

「この名前、何が由来なんです?」

 

「浄瑠璃は知っているかい?」

 

「ええまあ、人形劇ですよね?」

 

そう言ってから図面を見ると、確かに補助用のケーブルとかアクチュエーター用のラインとかが操り人形に伸びる糸に見えなくもない。ちょっと趣味が悪いネーミングの気もするな。

 

「そう、そのキャラクターの名前から取っているんだよ」

 

「なるほど」

 

見たところ髪を挟まれる心配をするような関節部分の隙間とかは塞がれているが、それでも巻き取られる可能性はある。関節が逆向きに折られたり、思いっきり振り回されたり。しかし詳しい拡大写真を見るとさすがにそのあたりは対応されているようで、僕が関節技をかけられる心配はあまりしなくて良さそうだ。

 

「これは今の時点ではどこまでを目標としています?」

 

「と言うと?」

 

「このレベルのプラットフォームを導入するとなると相当な額になりますよね、億とか」

 

別に産業用でそれぐらいするのがあるのは知っている。ただそれは都市開発とか自動車とかの開発で扱うデータが多いし情報をオンラインのサーバーに置けないから処理システム丸ごとを用意しなくちゃいけなくて、そのためのハード予算も込みで、だったはずだ。

 

「もう少し安くするのが我が社の目標だがね」

 

「買う人そんなにいるのか、というのが気になって」

 

VRオタクの中には数百万かけている人もいる。僕はまだちょっとそこまでは行っていないはずだと信じたい。そのために家を建てる時に考慮したみたいな話まで考えればギリギリ一千万円はいるかもしれない。

 

それでも、億を支払うのはかなり難しい。それほどのお金を持っている人で、わざわざVRでしかできない体験を追い求める層はほとんどいないんじゃないだろうか。

 

ちなみにこのあたりのVRの雰囲気というのを今でも見誤って投資して失敗する企業は少なくないし、意外なものがヒットして慌てて対応する企業もたまにある。そしてVRの雰囲気というのは実はVRをメインに使っている層ですらよくわかっていないのだ。

 

数年前まで絶対に流行するはずがないと言われていた技術が普通に使われていたり、年単位で顧客を掴んだと思っていたサービスが一つの不祥事で一気にユーザーを減らしたり。

 

「まあ、半分はデータ収集と技術検証の側面がある。あとはアトラクションの一環としてもう少し廉価版でよければ、というのもある」

 

「それなら行けそうですね」

 

例えば遊園地とかで、一人当たり一千万円とかなら投資してもいいというのもあるだろう。浮いたり全身を揺さぶったりするような動きをかなり自由にできるのはメリットだと思う。

 

「あとは研究用だな」

 

「そういうものですか……」

 

このあたりは正直わからない。大学や企業でのVR研究というのはあまり表に出てこないからだ。たしかに論文はあるがそれを直接試せる環境はほとんどないし、純粋にソフト側の技術の範囲でもない限りは前提のハードが高性能過ぎて販売に届かないことも多い。

 

「いや、しかしそういう話ができる人が参加してくれるのは計画の一員としてありがたいよ。もしよろしければ、気になったことは色々言ってもらいたい」

 

「がんばります」

 

そういえば確かにポスターに書かれていた名前のなかに人間のVRの専門家っていなかったよな。この人はモーションプラットフォームと平衡感覚、宮先生はXR、そしてもう一人は動物相手のVR体験。

 

しかし考えてみれば僕レベルのVRの専門家が大学にいる可能性は案外低いな、と思い当たってしまった。なにせ毎日ずっとVRばっかやっていたら研究も授業もできませんからね。

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