セミダイブ!   作:小沼高希

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回転、反転、逆回転 14

「一旦休憩入ろうか」

 

研究員の人はマグカップに入ったココアを持ってきてくれた。最近はそこまで冷えるというわけではないがこの部屋はそれなりに温度が低い。肌寒いというほどではないが、今まで一時間ぐらいVR機体の中にいても僕は汗ばんでいない。

 

理由はいくつか考えられる。例えば湿気というのは電気センサーに対しての敵だ。そのためにはできるだけ汗をかかないように涼しくて乾燥しているといい。あとはスーツとか固定用のベルトの素材もきちんと通気性が良くて服越しでも肌触りがいいというかちょうどよく締め付けつつ肌を傷めないようなものになってる。

 

というのもあってトイレ休憩も兼ねて少しだけ機体から身体を抜く。最初に締め付けるようにして着たのと違って、一度脱いだものを再装着するのはそう難しくないようだ。

 

「大丈夫?」

 

「ええ、身体動かして疲れたところはありますが」

 

もちろんある程度ゆったりと運動強度は上っていたので別に足や手がつったりしたことはない。というかそういう経験は僕の人生で数えるほどしかない。

 

「どうする?基本的なデータは取れたからもし疲れたようなら終わりでもいいけど」

 

「……もう少しできるようなら、やりたいです」

 

「助かります」

 

今のところ、VR機体としてはたぶん最高峰の体験をさせてもらっている。だってこれ作るのに下手すると億かかっているわけですからね。

 

アクチュエーターとかはたぶん特注のものだ。この手の駆動式のモーションプラットフォームのメーカーは最低限押さえてあるつもりだがその中のどれにも一致しない。

 

構造としては複数のアクチュエーターを入れた骨格の周りに薄くて柔らかいプラスチックの袋というか風船みたいなものがかかっているわけだ。そしてこの硬さがいい具合に絶妙なのでアクチュエーターの動きを阻害することなく、かつ髪とか肌とか配線とかを巻き込むことがないようになっている。

 

このあたりは実は良く見ると手作り感があったりする。3Dプリンターで作ったと思しき部品があちこちに使われているし、テープはちょっと雑に巻かれているところもある。

 

それでも少し遠目に見れば黒ベースのかなりかっこいい機体だし、ところどころに青く光る起動確認ライトや非常停止用の赤いボタンもある。

 

「……これ、本当にすごいですね」

 

「でしょう?」

 

自慢げな研究員の人。

 

「細かいところがしっかりできています。この手の組み合わせたようなシステムってどうしても調整しないと違和感があるんですが、それがかなり少ない……というか感じないんですよ」

 

「ああ、そういう違和感を消すためのシステムが入っているからね」

 

「脳計測ですか?」

 

「そうそう。そのあたりは君のほうが詳しいかもしれないけど」

 

脳計測デバイスは十分に調整すれば仮想世界で腕をもう一対生やして操作するぐらいのことができるが、そのための条件はかなり厳しい。例えば僕の場合だと指先まで動かせるようになるにはまるまる一年かかっているし、その感覚を他の人に説明できるほど言語化も体系化もできていない。

 

「まだ脳からのフィードバックはそこまで強く入っていないと思ってましたが」

 

「違和認識の検知は今かなり精度良くなってるから全体的に入れてるよ」

 

「視覚でやる例は見たことありますが、これって聴覚とか触覚まで入れてます?」

 

「身体の動きも、かな。何人かのテスターで試した元データで補正しているから個人のに対応させるのには時間かかるけれども」

 

やはり相手もプロというか、前提知識があると話がサクサクと進む。ちなみにこのレベルは実は大学院でやる内容に近いらしい。以前シラバスで調べて面白そうな授業だなと思ったら博士前期のものだったのでさすがにやめておいた。

 

「やっぱり処理ベースはP300を?」

 

「厳密にはそれとの関連事象かな、脳測定自体の精度もあるから複合的に見たいわけだしそもそも名前のとおりに300ミリ秒ほど遅れた情報なわけだから下手に修正すると良くない事が起こる」

 

「とすると学習させているんです?それとも脳科学的なモデルを……」

 

「初期値はこちらで入れたけど、ある程度は自己改善するようにしてあるよ」

 

「なるほど……」

 

ちょっと気になったぐらいの疑問だとすぐに返されてしまう。一応脳計測デバイスのセットアップとかのために色々と文献を読んだしそれなりに難しいって言われている本も目を通すだけの形で高校時代に読破したが、実はこれって案外役に立つ知識だったんだな。

 

「だからアーティファクト除去のために表情も同時に読むのよ」

 

「そこまでやってるのはなかなか見ませんけど、だから表情認識用カメラついてたんですね」

 

「目線の動きもとってるよ、細かな動きから得られる情報は多い」

 

「ただそれを処理するとなると……」

 

「見る?」

 

そう言って研究員の人は手招きをするので、大人しくマグカップを持ってついていく。

 

「やっぱり通信速度とかもネックになるからね、エッジ計算部分を増やさなくちゃいけなくて」

 

今までいた部屋より一段冷たくなっている部屋の電気がついた。部屋の片隅に置かれるのは三つのワークステーション。

 

「……あれ、かなり高いやつでは?」

 

ロゴから見るにこの手の機械の中では最高クラスのブランドだ。ちなみに個人で契約すると書類とかが大変らしい。知り合いが家に導入して苦労したと言っていた。

 

「中古だよ、もともと持続性科学科でメタゲノミクスのあたりで使われていたのをもらってきた」

 

「計算内容がそれなりに違うと思うんですが」

 

「そこまで最適化できてるとは言えないけど、まあマシンスペックゴリ押しだね」

 

「なるほど」

 

水冷とまではいかないあたり、そこまで本気で動かすものでもないのだろう。中古ということは数年前として、最新のものでもう少し調整すればなんとか機体内に入れることもできなくはない、ぐらいか。

 

「……そうすると、あの機体が研究とか実験とかの枠を超えて市場に出るのはまだもう少し掛かりそうですかね?」

 

「個人で買える人いるのかなぁ、そもそも」

 

「もう一桁安ければ考える人はいると思いますよ」

 

僕はそう言って暗い部屋からさっきの場所まで戻る。たぶんVR市場にあまり趣味人というのはでてこないが、それでも数百万円程度であればすっと出すだろう人について僕は何人か頭の中で思い浮かべていた。

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