セミダイブ!   作:小沼高希

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回転、反転、逆回転 15

改めてVR機材の中に入ってヘッドセットを装着。これからやるのは少しキツめのテストだ、とは聞いている。

 

目を開く。気分を()()()に切り替える。目を開くと石製の建物の中、吹き抜けのような場所。装飾の施された柱とアーチと廊下がある。吹き抜けみたいな空間から見える青空からは太陽光が差している。

 

「ドゥブロヴニクのスポンザ宮殿?」

 

『良く知ってるね?』

 

古い無線機越しのような声が聞こえる。今の服装はスーツっぽいな。そして胸に無線機がついている。電波で直接通信するタイプ。今は衛星通信とか使っちゃうことも多いけど天気とかに左右されるしそもそも室内では使えないので、こういうのもなんだかんだで現役だ。

 

「Sponza Atriumって有名じゃないんですか?」

 

『一部ではね。それじゃあ、やっていくよ』

 

声がしてから数秒して、違和感が始まった。足元が傾いている。言われなければ、気がつくのにもう数秒遅れただろう。傾きは徐々に大きくなっているから、回転していると言ったほうがいいのかもしれない。

 

衝撃が怖いので、本能的に坂の下の方に向かってしまう。細長い長方形のような中庭を更に細長く半分にするような軸の向きで回っているから、そう移動せずに安定した場所につくことができる。とはいえ一息ついた頃にはもう歩けないぐらいの坂道ができていた。

 

「これ、本当に大丈夫ですよね!?」

 

三半規管に介入されているのか、足元のアクチュエーターが動いているのかわからないが脳がエラーを吐き出している。こんな事はありえない、と。ひとまず歩けるようになったさきほどまでの壁を移動しながら様子を確認していく。

 

『こちらからは問題を確認してないよ』

 

「ならいいんですけど」

 

そう言って少し移動した場所を後悔する。今いるのは廊下が上にある場所──もはや上下の感覚とかが意味がなくなりつつあるが──なので、今は両側を床と天井に囲まれて細い通路のようになってしまっている。

 

「これって壁掴んだりできるんですか?」

 

『ある程度はね』

 

なんとも呑気な声が聞こえる。VRをやっているこっちの身としては正直怖いし、脳を切り替えてあくまで仮想空間の中だと信じるにはリアリティが無駄に高いせいで辛い。

 

なにせいつもは背中に当たるベッドの感覚を頼りにしているのだ。寄りかかる事のできるほどの壁の硬さや、手に触れる石の感触とかは純粋に慣れていないので脳のなかの比較的原始的な部分が理性に対して騙されるなと警告を出している。

 

「……やってみますか!」

 

VR空間におけるアクション的な動きというのは、かなり難しい。例えばジャンプして一気に飛び上がったとしても、足に伝わる衝撃の時間をずらすことは普通はできない。

 

例えば腰の部分を固定する形のモーションプラットフォームなら低重力、あるいは強い脚力を再現することはできるが、そのためのコストはかなりものになる。アトラクションとしては楽しいけどね。

 

その際にもどれだけの高さで飛び上がるか、そして映像と足への衝撃をどう同期させるかという諸問題があって、なんてことを考えていると最初の時の天井が床になろうとしていた。回転速度をちゃんと測ったほうがいいかな。今のペースだと少し余計なことを考えるとすぐに足場を無くしそうだ。

 

今の状態だと立っている場所、つまりは最初の時の廊下の床に当たる部分のアーチから足を滑らせると青空へ真っ逆さまだ。このあたりの言葉、もう少しどうにかならないかな。

 

ジャンプして飛び越えるのも難しいので、次の回転では二階の廊下に移動することを考えよう、なんて思っていたら微妙に回転の方向が変わっているような気がする。

 

「不規則に回すの怖いんですけど!?」

 

薄いノイズ越しに歪んで聞こえるのは小さな笑い声。被験者が苦しむ姿を見るのが楽しいのか?いや別にそういう意図がないってことは事前に話を聞かせてもらいましたとも。

 

知りたいのはこういう状態になった時にどれだけVR空間に違和感を持たないでいることができるか、ということ。慣れていない人だとある程度まで行ったところで脳が現実だと受け入れようとするのを諦めてしまうようだ。そんな事があるんですね。

 

柱を抱きしめるようにして、通路の向かい側の対応する柱まで飛び降りるようにする。痺れるほどではないがきちんと伝わる衝撃。やはりよくできている。

 

このあたりは、どこまで身体に力を与えるのかはかなり議論の的になっている。ISOで定められている許容衝撃を超えるようには基本できないが、一部の訓練用であればこのあたりの制限が解除されるとかもあるんじゃなかったっけ、詳しくは覚えていない。

 

イメージとしてはちょっと急いで階段を降りたときぐらい、だろうか。少し間違えると足をくじきかねないが、ちゃんと芯を捉えたような形での着地だった。上手く調整してくれたのだろう。

 

回転する建物の中で踊らされるように底の部分に移動していく。今はここに固定されていなかったり柔らかかったり発光したりといった計算を面倒にするオブジェクトはないが、それでもわたしの足元には影ができているし、建物内は薄暗い状態になっている。

 

薄暗いってことは壁や床、天井での光の反射も計算されているはずだ。実際、日陰にいても目を凝らすと薄暗い影ができている。

 

「っとぉ!」

 

回転速度が上がって、思わず足を踏み外す。落ちる寸前で掴めた廊下の手すりの外側の張り出したような滑らかな縁は体重を任せるには心もとない。

 

「持ち上がるかな……」

 

指先の滑るような大理石の感覚に怯えつつ、わたしは腕に力を込める。なんとも不思議なことに、ゆっくりと身体が上っていく感覚がある。

 

たぶん外から見るとわたしが浮いた状態でパントマイムをしているかのような奇妙な動きになっているのだろう。ちょっと見てみたいな。VRの一番の楽しみ方は他人がやっているところを酒を飲みながら見ることだ、と言っていた人がいたようないなかったような。

 

しかし回転方向は非情にも指が外れる方向に動いていって、ついには耐えられなくなった。一瞬だけ感じた浮遊感の後に背中から衝撃が来て、わたしはモデルになっている建物がちゃんと周囲の街まで再現されていたんだなぁと上空に飛ばされながらぼんやりと考えていた。

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