セミダイブ!   作:小沼高希

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We shall not cease from experiment
We shall not cease from experiment 1


「大丈夫?」

 

腫れぼったい目を押さえる僕に隣に座るアキさんが言う。今日も今日とて食堂はわいわいと人がいるが、三人ぐらいが駄弁るために席を占領しても大丈夫なぐらいの混み具合だ。

 

「……アキさんが心配するほど?」

 

僕は視線をアキさんに向ける。

 

「私だってそれなりに大学入ってから観察をするように頑張っているのよ、まだあまり上手く行かないけど」

 

「アキちゃんはすごいね」

 

「ユミナさんはそういうの得意でしょ?」

 

正面に座るユミナさんはアキさんの言葉に小さく首を振った。

 

「自分でやろうってやっているわけじゃないから。アキさんは真面目だし、その真面目さは褒めないと」

 

「……ユミナさんは、そういうこと他の人に安易に言わない方がいいよ」

 

「なに、独占欲?」

 

僕の前でなにかが行われている。何なんですかねこれは。

 

「……否定はしないよ」

 

ちょっともったいぶって言うユミナさん。

 

「ねえミドリさん、好意って排中律成り立つっけ?」

 

「スペクトラムな事象でしょ、それに一次元に無理に射影させるのはよくないよ」

 

「それもそうね」

 

納得したようなアキさんといきなり二人とも変なこといい出したみたいな目をしているユミナさん。まあこのあたりは数学とか論理学とかのあたりの話になりますからね。芸術系の人には辛いところがあるかもしれない。

 

「……それでミドリちゃんはどうしたのさ」

 

「前にやった人体実験の後遺症」

 

「……あったの?」

 

アキさんがかなり心配そうに聞いてくる。

 

「世界がいきなり傾くんじゃないかって気がして怖くなった」

 

そうして前の実験をぽつりぽつりと説明していく。確かに落ちるのは怖かったが、それは普通のVRでもあることだ。

 

あの時に感じたのは遊園地とかで落下する系のものに乗ったときのような内臓が浮き上がるみたいなものではないはずだ。構造的にも、そういう状態を長時間継続するためには高さが必要になる。それにそこまでの感覚を再現できるほどの機材ではなかった。

 

それでも三半規管を適度に揺さぶられて、視覚情報に合わせた身体への衝撃とか振動があると人間はかなり良く騙される。それはVRでそれなりに経験があって、視覚情報を都合よく信じたり疑ったりする訓練を積んでいたとしても、だ。

 

「……一過性のものだといいわね」

 

アキさんは僕の話を聞きながら何か机の上で叩くように指を動かしていた。たぶんQWERTYキーボードだろう。XR端末を使う時にどういう入力方式を用いるかはかなり人それぞれで、その機種のデフォルト設定が馴染んでしまうことも多い。

 

例えば僕のよく使うハンドフリックはいくつかあった入力方式の候補の一つだったし。一回の動作で一文字入力できるので便利なんですよね。アキさんは音声入力を使うことが多い気がする。リストバンドへ小声でささやくやつ。

 

「どんな感じ?ふらついたりするの?」

 

ユミナさんに聞かれて、僕はなんとか言葉にしようと頭を捻る。

 

「別に調子は問題ないし、理性では杞憂だってわかっているんだけど怖くなって……」

 

「大丈夫だよミドリくん、ここは現実だから」

 

「そう言われる場合、大抵現実じゃないような……」

 

メタフィクションみたいな作品に色々触れてしまったせいで、どうやら現実を現実と信じられなくなっているらしい。

 

「んー、熱があるわけではないか」

 

いきなり額に手を当てられたので、僕は何も言わずに固まってしまう。いやそのXR端末越しでもその目は少しいけない気がするんですが離れたくないって思う気持ちのせいで体が動かないでいる。

 

「ユミナさん何してるの?」

 

目だけを横に向けると、アキさんは少しだけいつもの無表情から怒りと興奮と呆れをひとつまみずつ入れたような顔をしていた。

 

「何って、ほら熱とか出していてフラフラしているってあるから」

 

「もう少しいい方法があるでしょう」

 

「そうかも」

 

そう言ってユミナさんは僕から手を離す。何ていうかユミナさんとアキさんの関係のために僕が使われているとかありませんかね。やっぱり僕が仲間外れにされるんだ。悲しいなぁ。

 

「……二人は最近、どうなのさ」

 

ちょっと話の流れを変えよう。今のままだと僕が劣等感みたいなもので潰されてしまう。

 

「最近は課題少し多くなってきたから集中しないといけないことが多いわね」

 

「ウチも映画見れてないな……」

 

「それでも二人共ちゃんとやってるのはすごいよ」

 

「ミドリさんは?」

 

アキさんが隣から聞いてくる。

 

「提出期限ギリギリが多いかな」

 

「それでもできているなら上々よ、出さなくなったら終わるから」

 

「……はい」

 

「私も中学生の頃にもうどうでもよくなって、それから精神的には楽になったけど完全に自堕落な一年間を過ごしたわ。あれが無駄だったとは思わないけど避けれるなら避けておきたかったのも事実だし」

 

「アキちゃんもたいへんだったんだね……」

 

「昔の話よ、あと案外ユミナさんがそうならないのは意外なのよね」

 

「ひどくない?」

 

ちょっと頬をふくらませるユミナさんであるが、確かに最初に会ったときは自堕落な大学生活送りそうだよなって雰囲気だった。

 

「ウチは大学の勉強楽しくなったから真面目にやってるの。つまらない授業はとらなくていいんだってわかったら気が楽になったし、ちゃんと週に四日休みにしてるから色々遊んだりできてるよ」

 

「あれ、アキさんは週休一日?」

 

ユミナさんのまったりとしたスケジュールに比べて、アキさんは色々と詰め込んでいたはずだ。たぶん楽しさを感じる範囲が勉強とか授業とかの方面でアキさんのほうがユミナさんより広いからこうなっているのだろう。

 

「土曜日と水曜日は午後休みだから、言うほど辛くはないわよ」

 

「いや十分大変だよ?」

 

この中で僕は比較的普通な方だと思いたい。情報系は授業多めとは言え理学や工学みたいに実験とか実習とかがそこまで多いわけでもないはずだし。

 

「とはいえそろそろ2048年も終わるからね」

 

「いやぁアキさんそれは嘘だよ、もしそれが正しいならもう十月も終わりを迎えようとしていてそろそろ課題が重くなってくるみたいなことになるでしょ」

 

僕はそう言いながらXR端末のこめかみ部分を叩いてメニューを出す。視界に表示されるカレンダーは、忖度も慈悲もなしに今日が十月下旬であることを示していた。

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