今日の朝ご飯とお昼を合わせたような食事はA定食。メニューによればお皿に乗っているパプリカとポテトが添えられているのは鶏肉のピカタである。何だそれは。
何か衣みたいなものをつけて焼いた鶏肉にレモンが添えられている感じ。お値段1000円。ご飯は大盛り無料だが流石にそれだと多い気がする。運動もそこまでしているわけではないし。
お盆を持って戻ると、XR端末を既につけている二人の指先が宙をなぞっていた。
「身体の動きに連動するようなVRを体験してみたいから、こういうのは?」
「いいね、ユミナさんもわかってきた感じ?」
「ところで二人とも、何見てるの?」
そう言いながら僕もXR端末をつける。ああ、ここらで遊べるところを調べていたのね。
我らが桜盃情報工科大学は北多摩と呼ばれる地域に位置している。多摩地域──東京都から離島と二十三区を除いた部分──の東側だ。東多摩じゃないのかという意見はもっともだが、かつてその名で呼ばれた区域は二十三区に編入されている。
近隣には住宅街や他の大学もあり、少し電車に乗れば新宿やその先の都心にも行けるし、あるいはバスや自転車で少し行けば自然豊かな地域に訪れることができる良い立地である。入学してから基本的に大学とアパートを行ったり来たりするだけの生活だったので、あまりそういう恩恵を感じたことはなかったが。
「で、アキさんが提案したのは?」
僕の言葉にユミナさんが指で挟んだブラウザを投げてくる。ちゃんと飛ばすためにはXR端末の認識範囲内に手を置かなくてはならないため、こういう指トラッキングでの直感的な操作は慣れない大人も多いらしい。ただ、僕たちの世代はもう生まれてすぐからこういう操作をさせられているので慣れたものだ。
「……知らない場所だ。
地図によればここの最寄り駅から二十分ぐらいのところにある……テーマパークと呼ぶべきなのかな。VRの体験をする場所。自宅にはなかなか置けない大型のモーションプラットフォームとかがある。ただ機材は使い捨ての紙を挟んだり定期的に消毒されるとはいえ他の人と同じものを使うので、そういう形でダメな人はいる。僕は大丈夫だけど。
「えっ、ミドリくんってこういうの詳しいと思ってた」
「僕が知ってるのは家でやるやつで、かつ特定のゲームとかじゃなくてConligoっていうサービスで色々するのだし」
「ちょっと気になるけど、一旦置いといて。明日でいい?ウチは他の日でもいいけど」
「私は構わない」
「えっ早くない?僕も大丈夫だけど……」
さらりとアキさんはユミナさんに同意したし、僕もそれに続いた。やっぱりこういう決断をすぐにできるというのは強いよな。たぶん成功体験に裏打ちされているんだろう。いい人間関係のもとで育ったようで何よりだ。
「じゃあ決まり!予約私でいい?お金は後からPayでいいから」
かつて乱立した電子決済は、国際規格が制定されたり吸収合併が繰り返されたり、その他色々なんやかんやあって今に至る。結果、こういう支払手段は色々な名前の最大公約数というか共通項として「Pay」と呼ばれるようになったわけだ。メールという語が電子メール以外を指すことがまず無かったり、日本語でアドレスと言った時に英語の「住所」の意味を思い浮かべる人がいないのと同じ。
「よっし予約取れた!まだ空いていてよかった」
ユミナさんは興奮して手を胸の前でばたばたと振っていた。
「それ、ただ単に人気がない施設なのでは?」
「どうなんだろ、評価見る限りはそこまでひどくはなさそうだけど……」
僕の言葉で落ち着いたユミナさん。気になったのでウェブサイトの画像から機材を分析させてみる。画像検索ですぐ出てきた。ヘッドセットは結構前のやつ、モーションプラットフォームはロゴが見えないけどデザイン的には
「ミドリさん、どうしたの?冷めるよ?」
「ちょっと調べ物してた。食べるよ」
アキさんに言われたので、僕は鶏肉にかぶりつく。思ったよりレモンの酸味があるな。でもそれが鶏肉の臭みを消し去っていい感じ。二口目になるとこういう味なのだとわかっていたので美味しく感じてくる。
「ところでアキさんってしょっちゅうそれ食べてない?」
そう言うユミナさんの声にアキさんの手元を見ると、銀色のパウチに包まれたビスケットのようなものがあった。断面から見るにウエハースみたいに多層構造になっているのかな。
「食事の間隔が開くと脳が鈍るから」
「……おいしいの?」
「それなりに。このシリーズの中では二番目に美味しい」
「一番目は?」
「期間限定のベリー味だった」
「あー、それは悲しいね」
「定期的に再販を希望するメールをメーカに送っている」
「えっ」
驚いて少し引いているユミナさん。思ったよりアキさんはそこのあたりの執着が強いようだ。
「ごめん。僕の酷い偏見だけど、アキさんはそういう味とかに興味がないかと思ってた」
僕の言葉に、アキさんは驚いたらしく目をしばたかせた。
「……そう。でも私、美味しいもの食べるのも好きよ」
「ねえねえ、アキさんはどういうのが好き?」
「焼肉」
「いいね!明日食べに行こっか!」
「そうね、お店を探しておく?」
「お願いしていいの?」
「ええ」
「やったぁ!」
嬉しそうなユミナさん。こういう若い子同士の仲の良い光景を見ると僕も嬉しくなってしまう。僕も同年代というか二人は同期だし、僕も二人と一緒に行くんですけどね。
「ミドリさんもそれでいい?」
「僕もそれがいい、お願いするね」
頷くアキさん。なんていうか、二人とも初対面の時とは微妙に印象が違うんだよな。アキさんは感情を表に出すのが苦手というよりはしっかり考えているから感情を表に出す必要がなくて、ユミナさんは何も考えずに突っ込んでいくというよりは方向調整がちゃんとできるからその行動力が発揮されるというか。
でもまだまだ三人で過ごす時間はあるだろうし、場合によっては四年以上の付き合いになるかもしれない。こういうのはゆっくり進めていっても悪くないとは思うけど、気を抜くと一瞬で時間が過ぎ去ってしまうのが人生なんだよな。