セミダイブ!   作:小沼高希

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We shall not cease from experiment 3

「チーフ、何か強めのを……」

 

「なんだいソニドリ、課題ができないのかい?」

 

「はい」

 

Bar Panopticaでわたしはカウンター越しのチーフを真正面から見つめて言う。

 

「それで、今取り組んでいるのは何だい」

 

「延展現実実践論って授業ですよ」

 

「ああ、(ミヤ)のやつの」

 

授業を担当している宮教授とチーフは浅からぬ縁があるようだ。まあどうせ十年ぐらい前にぶつかったりとかしたんだろ。「紛争の十年」の終わり際には色々あったらしいし。語る人は少ないけど。

 

「最終課題になっているXR作品をどういう感じで作るかを悩んでいまして……」

 

来週には企画書の提出が求められる。この時点で先生がいろいろコメントをする感じだ。

 

「XRとなると、どうしても難しいね」

 

「色々できるVR機体に触ったのでなおさらですよ」

 

一応守秘義務があるので詳しいことは話していないが、あのMATAHEI(又平)というシステムは実に凄いものだ。別にあれを使ったからといって今のVR体験が色褪せるってわけでは無いが。

 

「しかし難しいね、色々悩んではいるようだが」

 

チーフはわたしのアイデアメモを見ながら言う。メモと言っても紙のものをスキャンしたり、XR端末上で作ったり、あるいはCAI(創造的人工知能)にやらせたりしたものだ。

 

「そうなんですよ、どうにもしっくり来るものがなくて」

 

「まあそんなもんだがね、クリエイターに必要なのは期日までにそれらしいものをでっち上げる能力であって、無限の時間を使って最高のモノを作ることじゃないのさ」

 

「それはそうでしょうけど」

 

今やっているのはXRを使って現実の裏に潜む非現実を見せようというコンセプトだが、あまりいい方向に進んでいない。そもそもわたしがVRという非現実に慣れすぎているのもあるだろうが。

 

「……チーフはこういう時、どうやってアイデアを思いつくんですか?」

 

「色々と試して良さそうなものをブラッシュアップ」

 

「はいはい、チーフの作る速度ありきのやり方ですね」

 

「人間だって多くの人がそうしているだろう、別にあたしだけじゃない」

 

こう言うチーフは人工知能であるという疑惑があるし本人も認めているが、それを信じられるかはまた別の話だ。とはいえ何らかの補助以上にAIを活用しているのは間違いないだろう。反応速度とか情報の処理速度が物理的な人間の限界を超えていますからね。

 

「……いや、むしろ物理世界を仮想世界と勘違いさせる?」

 

「また変なこと考えていないかい?」

 

「アイデアですよアイデア」

 

そう言いながら僕はちょっとカウンターに紙を広げてメモを取っていく。

 

「ソニドリさん、こんばんは」

 

「ん……こんばんは」

 

わたしは振り返って入ってきた概念同化機構さんを見る。

 

「久しぶりですか?」

 

そう聞いてきた概念同化機構さんに、わたしはちょっとカレンダーを表示させて考える。

 

「一週間ぐらいじゃないかな」

 

課題が一気に出て忙しくなって、しばらくこちらに来れていなかった。落ち着いて整理してスケジュール固めて睡眠時間を確保するようにしたら案外なんとかなりつつありますけどね。

 

「それは、今度の仕事ですか?」

 

「いや大学の課題」

 

「課題……」

 

というわけで少しだけ概念同化機構さんにわたしの知る範囲での大学の話をする。とはいえ情報系なのでそこまで有意義な情報を出せるわけではないけど。

 

「……それはソニドリさんが取っている授業がおかしいだけではないですか?」

 

「そうかも」

 

そしてわたしは反論できなかった。いやでもアキさんとかに比べたらマシだからね?あの人なんかおかしな量の授業でてるし一年生でゼミに顔出しているし、たぶん大学三周目とかだよ。

 

いやでも、実際そうなのかもなと思ってしまう。高校の通信教育にも色々あるが、それはアキさんの知識や技術を全部サポートしてくれたとは思えない。となれば、あれらの多くは自分で身につけたことになるわけだ。

 

その点ではわたしだってユミナさんだって、それぞれの方法でやってきてはいる。でもたぶん大学というシステムと一番相性の良い技能の育て方をしてきたのが三人の中だとアキさんなんだろうな。

 

「それで、概念同化機構は大学を出たらどういうふうになろうかとか考えているのかい?」

 

チーフがわたしの書いたメモから視線を上げて言う。

 

「……それが、前に行ったオープンキャンパスで悩ましくなってしまいまして」

 

「それまでは何で悩んだらいいのかもわかってなかった、ってことかい」

 

「たぶん、そうです」

 

ならいいことなのだろうな、とわたしは考える。知れば知るほど自分が何も知らないってわかる段階まで進んだ時に、つまらなくなったからとやめてしまう人もいるし、ここからが面白くなってきたと考える人もいる。それは結構人それぞれだし、分野にもよりけりだと思う。

 

わたしの場合はVRについてなら相当の水準まで進んだが、それ以外はからきしだ。文章も絵も人工知能もろくにできない。いや人工知能はできないと良くないだろ、一応はその分野を専門にするつもりの大学生なんだから。

 

「今の時代、安定した仕事なんてなくて、かといって何もしないで行きていける時代は当分来そうにありませんよね」

 

頷くわたしとチーフ。永らく夢見られてきている労働をしなくていいユートピアの実現は地平線の先にあり続けている。つまりはいつまで行っても届かないということで。

 

「そこのソニドリなんかはたぶん上手くやるよ、今後十年は人工知能とVR分野の仕事は形は変わりこそすれ残るだろうし」

 

「たった十年ですよ、一生の仕事にはできません」

 

「それでも十分さ、大規模世界モデルが出てここ二十年で廃業することになった人がどれだけいると思っている」

 

正確な人数は知らないだろうが、まあそれなりにはなるだろうなという認識がある。

 

「社会を学ぶのも、世界とつながるのも、別に自分でなくてもいいんじゃないかって思ってしまいまして」

 

「……けれども、そこには誰か人間が入ってやらないといけないことだよ」

 

チーフが言うと説得力があるな。物理世界との干渉を嫌っているせいで仕事には制限がかかっているらしいし、オフ会にも来れない。

 

いくら仮想世界が物理世界に近づこうったって、あるいは物理世界が仮想世界みたいに操作できるようになったとしても、そこには人間がいて、社会があって、世界が広がっているのだ。

 

「あーもうわかってますよ!正直に言うと勉強疲れたので遊びに来たんです、というわけでソニドリさん借りていきますね」

 

そう言って概念同化機構さんはわたしの前に門を作る。行き先はSWARM。以前に概念同化機構さんに教えたゲームワールドだ。

 

「上手になったんですよ?いまならソニドリさんと対等に戦えます」

 

「言ったな?」

 

わたしはそう言って、アバターを切り替える準備をした。

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