セミダイブ!   作:小沼高希

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We shall not cease from experiment 5

「XRとしては普通じゃない?」

 

ユミナさんは手の中にあるキューブを見ながら言う。発泡スチロールの立方体に赤外線塗料でマーカーをつけた紙を貼ったものだ。

 

「でもちゃんと見えるでしょ?」

 

「まあね」

 

大学の計算システムを使うことで通信ラグを減らしているのもあって、相当無茶をしない限り剥がれることはないだろう。

 

「……面白いわね、これ」

 

アキさんもキューブを回しながら言う。あまり動かしすぎると物理演算が良くなくなるかもしれない。

 

今回試しているのはスノードームをもとにしたもの。あるじゃないですかお土産でガラスの入れ物に液体と雪に見立てた白い粉を入れるやつ。

 

それをまずはテストとして適当なキューブにつけたわけです。もし本当にやるなら中に液体入れたりして揺らした時の慣性とかまでしっかりやる必要があるだろうな、なんてことを考えている。冬休みの課題になるね。

 

「ベースのシステム自体はVRとかでも色々触ったことがあるからそう難しくはなかったけど、XRの形に持っていくとどうしても同期処理のあたりが難しくなってきて……」

 

このあたりは授業で少なくとも全体の大まかな方向性についての知識を話してもらっていなかったら下調べだけで一ヶ月ぐらいかかっていてもおかしくなかった。正直僕のまわりだとあまりXR方面について詳しい人はいませんからね。

 

「でもこれかっこいいの?」

 

「それなんだよな……」

 

ユミナさんが痛いところをついてくる。コンセプトとしてはVRみたいな体験のXRへの拡張で、その一環で触覚とかは物理的実体で与えて視覚をXRで補うみたいなものを考えていたのだけれども、正直今更考えるとそこまで面白いかとなってきてしまう。

 

ユミナさんの言う「かっこいい」の定義は難しいが、たぶん見た人が最初に感じるインパクトとかかな。このあたりをきちんと言語化できると強いのだが、それができればもうプロの域だと個人的には思っている。

 

「まあ方向性自体は間違ってないようだからいいんじゃないの?」

 

アキさんはそう言ってキューブを僕に返す。というわけでこれは鞄の中にしまっておこう。

 

「それで、二人とも授業や課題は大丈夫?私が手伝えるのには限界があるけど」

 

「……ウチは、大丈夫」

 

「そうは見えないけど」

 

「出席が足りないから遅刻できないだけだから……」

 

「愚かね」

 

ばさっとアキさんが言ったのでユミナさんはばたりと机に突っ伏してしまった。かわいそうに。僕はそばをすぞぞとすすりながら言う。

 

「休みって三回までだっけ」

 

「先生によりけりね、私の授業は表向きの授業回数を遠隔授業と併用することで減らしていたわ」

 

「それ言っていいやつ?」

 

このあたりはできるだけ厳格にするべきだという意見も多いが、古き良き教育を好む人は期末試験を突破できるなら別にわざわざ授業を履修するなんて無駄な時間を過ごさなくてもいいのではという思想を持っていたりする。

 

なのでこっそりと、そういう形で欠席をしやすくしたり、あるいは最終的な試験が成績に占める割合を大きくしたり、ということはされている。ただなんか行政側がわちゃわちゃうるさいようでどうにも限界があるし、告げ口をされると処分せざるを得ないこともあるようで。

 

「いちおう先生は規則の範囲内と言い張っていたわ。信じてはいないけど」

 

「信じないんだ」

 

僕は少し呆れて言う。

 

「私は別に自分が不利益を被るものでなければ、わざわざ告発したりすることはしないわよ」

 

「あれ、アキちゃんってそこのところ緩いんだね」

 

ユミナさんが言うように、僕もどうしてもアキさんを堅物だと思ってしまう。別に常にそういうことではないのは知っているんですけどね。それでも自分からルールを破らないように心がけているし、他人にもそうあってほしいと願っているのは知っている。

 

「もちろん私が不利益を被った場合には、相手の弱みとしてそういうことをしていれば使わせてもらうけど」

 

「ああ、そういう意味で真面目にやっていたほうがいいのか」

 

「あくまで私の思想ではあるけど、そうね」

 

アキさんは僕の言葉に小さく頷く。

 

「……なんで二人はさ、授業を楽しめるの?」

 

ユミナさんが机から顔を上げて言う。

 

「楽しいから」

 

言い切るのはアキさん。

 

「そんな楽しいかな……」

 

僕の方はちょっと言い切れない。

 

「私は学ぶというか、知っている知識で知らない分野が説明されているのを見るのが好き。数学の基礎知識があれば人工知能の最適化の理論はわかりやすくなるし、基本的な幾何学を触っていればCGの判定がなぜ計算量を要求するのかもわかる」

 

一応、僕とユミナさんのそれぞれの専門分野に合わせてくれている発言なのだろう。両方とも基礎的な内容で、僕もユミナさんも苦手なほうに入る内容なのだが。

 

「でもそう考えると、ミドリさんの方はどうなの?」

 

「僕は……」

 

ただ単に惰性だ、とかなんとかく欠席すると悪い気がして引け目があるから、とかそういうあまり積極的ではない言葉が浮かんでは消えていく。

 

別に僕はアキさんのようにラインを決めて行為の判断をしているわけではない。ユミナさんのように割り切って楽しむこともしていない。

 

「まだ、なんとなく、かな……」

 

ただ別に、それを隠す必要もないな、と考えが至るまでには少しだけ時間があった。ユミナさんもアキさんも僕がそういう状態だと言ってそれを非難することはないだろうし、むしろ現状を共有することで何か新しい何かが得られるかもしれない。

 

「……ミドリくん、いつもいろいろ考えていそうなのにそういうところは抜けているんだね」

 

ユミナさんが楽しそうに言う。笑われているのに近いのかもしれないが、あまり嫌な感じではないな。人の良さというか、笑っているのはあくまでギャップであって僕が考えていないことではないっていう了解があるからか。

 

「ほとんどの人はそんなものよ。それでも続けることには価値があるって言わないと、継続が生むものに辿り着く人は少なくなるから」

 

「そういう理由で評価されるのもまた違う気がするんだよな……」

 

アキさんが言いたいのは、たぶん自分が褒めるのはそれが凄いからとか自分にはできないからとかじゃなくて、その褒めることによって人間が変わってもっと良いものを生み出せるようになるから、ということだろう。合理的ではあると思う。

 

ただ、僕はアキさんみたいに全部の行動に後付けであっても理由をつけることができないし、アキさんみたいにそのままを受け入れるのも難しそうだ。結局はまだ悩んでいくのだろうし、悩みはこれからも続いていくのだろう。

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