セミダイブ!   作:小沼高希

143 / 150
We shall not cease from experiment 6

さて、今回僕が作りたいものはちょっと特殊だ。赤外線塗料でマーカーをつけた、いい感じの球体。重さと手触り、あと触れた時の冷たさとかを考えるとガラスが望ましいが、そう簡単にいい感じのガラスの球体を作ることができるかと言われれば話は別だ。

 

「……まあ、少し面倒ではあるだろうねぇ」

 

Café Kraton(カフェ・クラトン)の一卓で、わたしに向き合った少女のアバターが言う。服装も表情も整った様子ではあるが、隠しきれない気合の入っていなさみたいなものが裏から感じられる。いや議論自体は真剣なんだけどさ。

 

ここCafé Kraton(カフェ・クラトン)には面白いシステムがあって、何か解けない問題があったり手助けが必要な問題があれば掲示板に張ると人が来たり来なかったりするのだ。というわけでわたしが張り出した依頼はちょちょっと描いた図面とそれを作るための手順の募集。貼ってから三十秒で会話が始まりました。

 

ちなみにこういうことについて事前に人工知能アシスタントに聞いてみたのですがあまりいい答えは得られなかった。技術的問題には弱いんですよねこうシステムって。そういうわけで実際に手を動かしたり経験則をベースにしていたりする分野の場合はプロに聞くのが一番です。

 

「作り方も色々あるのよ、昔ながらの吹きガラスみたいにしてもいいし、あるいは三次元造形機回してもいいし……」

 

という形で議論が進められていく。本当にやりたいことをきちんと理解してくれているな。相手がわたしの話を噛み砕いて技術的な用語に落としてくれた上でその方法を探る、みたいな形でさくさくと全体の方針が決まった。

 

目標は完全に透明な球体なのに振ると揺れる感覚があるというもの。単純なアイデア自体はすぐに整理できたが、実際に作れるかはまた別の問題だったりする。

 

「内部の液体の組成の方はできてるんだっけ?」

 

「ええ、こちらに」

 

重い液体と軽い液体をガラス球の中に入れる。どちらも屈折率はガラスと同じで多少調整が効くので、素材に合わせてなんとかすればいい。価格自体もそう高いものではなかった。少なくともVR系のギアに比べれば十分安価だ。

 

「ふーむ、まあガラス侵すようなものじゃないならいいか。具体的にはどうやって封入を?」

 

「オーソドックスにアクリル系接着剤で」

 

「なるほどね……」

 

わたしの話をだいたい理解したのか、相手は指を鳴らした。いくつものディスプレイが表示される。

 

「必要そうな情報はまとめておいた。個人的に知っているメーカーがあるから、そこならまあ金額的なものはともかく技術的には間違いないと推奨しておくよ。あと個人でやる作業にしては少し大変だから、もし金があるならそういう作業が得意なやつを紹介できるが」

 

「いや、ある程度は自分でやりたいんですよ」

 

「ならいいが。とはいえこれも何かの縁だ、アドバイスはもらえるようにちょっと聞いておこう」

 

そう言って古いタイプのSNSのIDが入ったエンティティを渡してくる。見た目は少女二人の歓談なのにやっている内容はかなりガスと有機溶媒の匂いがしそうなやつなんだよな。

 

「費用自体はこんなものかな」

 

相手が見積もり画面に出してきた数字は、覚悟していたよりも一桁安かった。具体的には昼食三食分を切っている。

 

「こんなのでいいの?」

 

「いやだって一点だけで、デザインはある程度完成していてシンプルな構造となればそういう専門の作業所ならすぐに作れるさ、まあ輸送の時に壊れるの考えたら別ルートで三つぐらい買ってもいいだろうが」

 

「それでも十分ありだな……」

 

輸送レベルは昔に比べれば格段に向上したらしいが、それでも荷物を不手際で落としてしまったとかいう問題は色々聞く。

 

「日本なら船で一本だし、そこまで念を入れる必要はないと思うがな」

 

「あまりこういうサービスを利用したことがないんですよ」

 

「まあ別にそう変なことは基本ないぞ」

 

「ならいいけど」

 

東亜・南海戦争の時に東アジアの産業基盤は結構なダメージを受けたと聞いたことがある。半世紀ちょっと前にはMade in Japanの名を轟かせた日本も、世界の工場と呼ばれた中華人民共和国も、あの戦争で受けた打撃は大きい。

 

なにせ電力だの資源だの資産だのがしっちゃかめっちゃかになって、ただでさえ少子高齢化で悲鳴を上げていた製造業を振り絞るような形で軍需品生産とかを行いましたからね。それでもかつての世界大戦に比べれば微々たるものだというのだ。

 

「別に戦後は関係も良好だろ、責任者は処罰された……」

 

「された?」

 

「ことになってるしな」

 

そう言って笑う少女のアバターは、中華圏で比較的良く用いられているものだった。いや別に相手がどこの国だからってとやかく言うのはマナーとして良くないんですが、ちょっと危ないネタを振られるとそういうのを避けようとしていた意識とのギャップが起こるんですね。

 

「まあそれは我が国も同じですよ、結局は領土問題は残るし貿易での不信感は消えない、明星文化集団ぐらいですよ朝鮮東海(チョソントンヘ)超えられるのは」

 

面倒な名称問題があればさらに面倒な地域の名前を使う、というのはこの手の会話でよくあるブラックジョークだ。毒にはもっと強い毒を、ということ。ちなみに東アジアの中で北朝鮮の立ち位置はなんかこうすごい綱渡りみたいなことになっています。最近は核兵器解体の交渉とかやってますね。

 

「いや鯨海(ジンハイ)で普通にいいだろ」

 

「古い名前じゃないですか」

 

このあたりの基本的な理解が互いにあるなら、ある程度までヤバい会話ができると確認が取れたわけだ。このあたりなら「語録」とかが使える可能性まであるな。

 

「っと、一応言っとくと私の叔父は海軍にいて、乗ってた船を日本の船に沈められた。助かったがな」

 

「よかったですね、それは」

 

「日本で美味いもの食ってきたせいで帰った時に制服のサイズが合わなかったらしい」

 

「……大変ですね」

 

ちなみに僕は幸いにも知り合いで直接海上自衛隊関連の人はいなかったが、インターネットにはこれに対して恨みを未だ持つ人もいる。それは仕方がないことで、一度起こってしまった以上傷が死ぬまで癒えないこともあるだろうな、とは思う。

 

それでも若い世代である以上、そのあたりを分断ではなく連携につなげていきたいものだ、とは思うわけです。実際にどこまで上手く行けるかは別としてですけどね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。