セミダイブ!   作:小沼高希

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We shall not cease from experiment 8

課題に潰されそうな日でも、事前に入れてしまった予定はあまり動かせない。

 

「調子はどうですか?」

 

「大丈夫です、特にだるいとかはないですし」

 

「ならよし」

 

研究員の人に見守られながら、今日も機体に乗り込む。こう言うとかっこいいけど実際は見た目だけだとちょっと変な感じです。中に入るとVR機体としてはすごい考えられているってわかるんですけどね。

 

相変わらずのローディング。軽くジャンプする。このシステムは構造上水の中にいることは再現できても無重力は再現しにくい。ちょっとした物理の問題だ。

 

ちょうどいい具合にVR世界の中にりんごがあったので。これを目の前に持ち上げて、手を離すと机に音を立てて落下する。

 

ここは誰かの家みたいだ。テクスチャが簡素なところを見ると大規模世界モデルの訓練用に作られた感じの場所かな。

 

この中で人工知能は人間の限界を学ぶ。例えば扉に指を挟むと痛いってことや、いい感じに熱したフライパンで目玉焼きを焼くのに失敗したら序盤ならスクランブルエッグにして誤魔化せるとか。

 

なのでこの空間は、できるだけいろいろなことができるようになっている。もちろん限界はあるし、モデル化されている部分もあるが大抵の作業はできるようになっている。例えばコーヒーを淹れるとか家具を組み立てるとか。

 

「というわけで少しぼんやりしといてね」

 

研究員の声が聞こえる。こういうところでキャリブレーション用の脳電位とか取っているわけですね。

 

「さてと」

 

軽く背伸びをしておいて、改めて机の上に置かれているりんごを取り、口を開け、かじる。

 

「っ……」

 

味もない。匂いもない。ただそれなのに、顎は何かを齧ったような感覚を受けていた。正直気持ち悪い。

 

ただここで口の中にリンゴジュースを含んでいれば、それなりに勘違いしそうなタイミングと振動だった。こういう形で触覚(ハプト)デバイスを活用している例、あまり見たことないな。いや流動食とかの分野であったかも。噛めなくなっても色々な食感を楽しめるように、みたいな。

 

改めてかじられたりんごを見る。歯型がついていた。このあたりまで僕の顔のデータから引っ張ってきたりしていないよな。

 

これも離すと落ちる。もしこれを落ちないようにしようと思ったら、上から紐で吊るすか、あるいは観測者である僕も同じ速度で落ちるか、はたまた下向きに引っ張る力である重力をなくすかしかない。

 

これは僕の体内でも起こる。落ちる系の遊園地の乗り物に乗ると胃袋がひゅんとなるあれが、VR機材では今のところ起こせない。

 

いや、理論上は不可能ではないのですよ。例えば数十メートルか数百メートルの高さを持つ機体を作って、重力に合わせて上下に移動させればいいのです。あるいは宇宙空間で回転速度を変えられるホイールの端に僕をおけばいい。

 

ちなみに物理学によれば小さな範囲でこの二つは原理的に見分けがつけられないんじゃないかと考えられているようです。ただ大きな範囲となると回転しているとかなら軸に近づけばその分遠心力が小さくなるのでわかる。

 

なお問題はそれをやるためには相当の費用がかかるってことです。宇宙旅行は今のところ金持ちの道楽と科学的研究のためぐらいのものですからね。

 

ただ、三半規管を狂わせることで姿勢の認識だけならなんとかなる。例えば足からじゃなくて全身に吊り上げる力を分散させて、その上で三半規管に電気を流せば擬似的にではあるが回転しながら落下している様子を再現することはできる。というかそのあたりを最近はやっている。

 

もちろん僕も言葉にして説明するのだが、同じぐらいに脳が雄弁なのでこれらのデータを組み合わせることでよりチューニングされた体験ができるというわけだ。思考が盗まれている。別にそこまで守りたいものでもないけどさ。

 

「切り替えますよ」

 

研究員の人の声がして、周辺にあった色々なものがワイヤーフレームになってほどけていく。このあたりはいきなりやると驚かれるので、ゆっくりと時間をかけて遷移させるか、あるいは移動を伴うようにするのが一般的だ。もちろんそうしないで気がついたら一瞬で別の場所にいた、みたいな演出もできますけどね。

 

場所は陸上競技用のトラックみたいなもの。ありがたいことに走るコースといくつかのハードルが置かれている。

 

「指示に従って移動してください」

 

まあ右の方にわかりやすくデカデカと蛍光イエローで表示される矢印がなくても何をするべきかはだいたいは見当がつく。

 

「どのくらいまで走っていいですか?」

 

「全力で問題ありません」

 

「よし」

 

というわけでなんちゃってではあるがクラウチングスタートの姿勢になり、地面を蹴る。そういえば授業で走り方とかやったな。なんとかんくだけど足や手の動きをそれとあわせておく。

 

最初の方のハードルは歩幅をちょっと調節して軽やかに飛べば問題なくいける。足を離した瞬間に少しだけ身体が軽くなって、着地した時に足の裏に衝撃がある。ここまでは今までやってきた内容だ。

 

そして常識的に考えればちょっと飛ぶのに苦労しそうだなという高さのハードルがやってくる。どうせ脛をぶつけても痛くないので思いっきり飛ぶと、ふわりと身体が浮いて飛び越すことができた。

 

「よっと」

 

さて、ここでちょっと理性を働かせる。さすがに無理だなという次の高さを飛び越せてしまったことから、ある種脳が騙されているということがわかる。身体のほうはできたぞどんなもんだいと自慢げだ。気が付かないほうが幸せだと思うから黙っておこう。

 

自由落下している時、身体全体が落ちるので本来は内臓が浮くはずだ。ただ、短時間だけならそれを意識することはない。タイミングに合わせて身体にかかる力を調整し、視覚と平衡感覚を騙せばこんな事もできるわけで。

 

更に飛ぶ。今度のハードルの高さは一メートルぐらい。実際のハードル走で使われるのもこれぐらいだっけ。良く知らない。ただ、これもすんなりとクリア。あまり運動しない大学生の僕が飛べる高さではないですからね。

 

で一秒ぐらいであれば高く飛ぶという体験を身体への刺激と矛盾なく感じさせることができるのだ。今度からもし仮想世界なのか物理世界なのかわからなくなったら怪我しないぐらいに高い範囲から飛び降りてみるか。

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