セミダイブ!   作:小沼高希

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We shall not cease from experiment 9

時間はゆっくりと進んでいく。集中しているときは速いが、だいたい集中していないので平均するとそれなりにゆっくりだ。

 

ただ、後から思い返してみるとあっという間に色々なことが終わっていく気がする。

 

「というわけで二人とも復習用の要点まとめは用意しておいたから」

 

そう言っていつもの食堂でアキさんが渡してくるエンティティを開くと丁寧に数式が並ぶPDFファイルが目に入る。うん、間違えた理由というか覚えていなかった部分を他の覚えているところから導出するように、ってことか。

 

「毎回思うけど、アキさんってウチらのこと大好きすぎない?」

 

僕と同じようにファイルを開いたユミナさんはちょっと引きつつもそう口にする。

 

「他人への援助の理由を好意のみに求めるのは感心しないと思う。否定はしないけど」

 

「どういうこと?」

 

わからなかったのかユミナさんは僕の方を向く。そう言われたって僕もちゃんと言語化はできていないんですけどね。

 

「……私がちゃんと言ったほうがいい?」

 

「いや大丈夫、アキさんの気持ちはわかっているから」

 

「本当かしらね……」

 

なんとなくだが、たぶんユミナさんは将来刺されそうだなと思ってしまう。古い言い回しですね。あるいはもう刺されたことがあるのかも。

 

「まあ、ウチは今ちょっと難しいけど」

 

「あれ、特定の誰かが?」

 

僕はユミナさんに聞く。互いのプライベートにはあまり絡んでいないせいで、実は互いの個人的な色々とかあまり知らないんですよね。僕だってBar Panoptica(バー・パノプティカ)のこととか二人には話していませんし。

 

「ほら、いま梶本(カジモト)さんがこっち戻ってて」

 

誰だよと思ったが、相当前にアキさんがAlgoritmi-Q World Gameをやった場所の住人ですね。懐かしいなぁ。

 

「……あれアキさん、Algoritmi-Q World Gameっていつだっけ」

 

「七月の頭」

 

「……もう半年!?」

 

思わず声が出てしまう。いやもう少し短いはずだろ、ほらあれだ植木算的なもので一つか二つ余計に数えているに違いない。

 

「……ミドリちゃん、ぼんやりしてるとすぐ大学生終わっちゃうよ」

 

「ミドリさんは大学卒業してもあと五年延長するから大丈夫よね」

 

「僕は博士課程まで行くつもりはないんだけどな……」

 

普通に修士で卒業して就職が今のところの目標です。確かに人工知能系だと給与の面で博士は取りたいってことは否定しないんですが、そのための手間とかそのせいで他の分野に進みづらいとかを考えるとどうしてもその気にならないんですよ。

 

もし実際に研究とかやってみて性に合っていて、追加で三年ぐらいやったらなにか面白そうな結果が出るとある程度確証持てるようなテーマがあればやってもいいですかね。そんな都合がいいものはない。

 

「そう、なら私はあと卒業までの三年でユミナさんと分かれて、それから二年でミドリさんともお別れなのね」

 

冷たく、そしてほんのわずかに悲しみの混じった声でアキさんが言う。

 

「別に大学出たってまた会えるでしょ、ウチだって小学校の同級生とこの前遊園地行ったし、高校の時の知り合いとはゲームしてるし」

 

「ユミナさんは私に比べて人間関係を維持するためのコストが低いからそう思うのよ。私は二人をつなぎとめるだけで精一杯」

 

「……もしかして、アキさんにとってこれを作るのって僕がすこしVRでワールド作ったり、ユミナさんが友達と遊びに行くためにちょっとお金使うとかと同じぐらいの労力だって思っていたりする?」

 

言っていて自分が人間関係を維持するためのコストを全然割いていないことに気がついた。いや、オンライン上のつながりと同じで一期一会と思いきや意外と変な腐れ縁もできてこれは変な腐れ縁のほうかと思っていたんです。

 

「たぶんそう。加減があまりできない」

 

「やっぱりアキちゃん、もう少し調整したほうがいいよ……」

 

「学業についてはできるだけ全力で行きたい」

 

少し胸を張るアキさん。たしかにこのあたりというか知識量と分析力では下手なAIより上そうですからね。

 

一般的に人間は知性でAIに勝てない、と言われるがそれは結構微妙なところだ。例え話で言うなら自動車と人間のどちらが速いか、みたいなもの。自動車だろうって?なら最初の1メートルを、エンジンを掛けるところからやってください。一秒以内でゴールラインを通過する人間の横で、自動車はやっとエンジンがかかったってところだろう。

 

人間が人工知能とやりとりをするときは、基本的に嫌でもタイムラグが生じる。人間の三手先を読んで情報を用意するタイプのアシスタントAIもあるが、これもそれなりの予測能力と人間側の慣れが必要だ。この手のものは人間側が合わせればかなりの効果を出すが、その訓練はあまり容易ではない。

 

あとはどんな人工知能にも癖があって、全ての問題を同じように解けるわけではない。数学の論文とかの分野でも、やはり人間のひらめきみたいなオカルトめいたものがやはり意味を持っている。もちろん人工知能でも時間をかければ似たようなことはできるし、その中には人間ではまず思いつかないようなものがあったりするけどさ。

 

「……ミドリさん?」

 

「ちょっとアキさんやユミナさんに勝てそうにないなって」

 

僕が二人に提供できているもの、と考えると実はそんなにない。アキさんはその頭脳を、ユミナさんは計画管理とかをやっているけど、じゃあ僕はと言われると正直ないのだ。

 

別にそういう利害関係だけが人間を結びつけるわけではないってことは知っています。そしてもし利害関係があったとしても、その定義はかなり人それぞれなのもわかっています。

 

「……勝てる勝てないで言ったら、この大学の一年生で私が友だちになる価値のある人はいなくなるわよ」

 

なんとも自信満々のアキさんの言葉だが、確かに量子プログラミングのあたりに限ればたぶんそうだ。

 

「わかってる、ちょっと二人に押されてちょっと暗い思考になっていただけ」

 

「よくないよミドリちゃん、こういうときはパーッと遊ばないと。昔っからこういう時にするのは決まっていて……」

 

ユミナさんが落ち着き払って言っているが、なんか嫌な予感がするな。

 

「具体的には?」

 

「美味いものいっぱい食べて徹夜で友達と酒飲んでゲームよ」

 

「身体に悪そう」

 

「そんな顔してるほうが身体に悪いわよ」

 

なんかアキさんまで向こう側に回ってしまった。あれ、これってこの後大学生らしい夜を過ごすとかそういうやつかな。

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