セミダイブ!   作:小沼高希

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We shall not cease from experiment 12

「なのでここは変数の偶奇で判定しているわけ」

 

Bar Panoptica(バー・パノプティカ)で浮かべたディスプレイで擬似コードを回しながらわたしがそんな感じで話していると、後ろからドアチャイムの音がした。

 

「おっ二人とも揃ってたか」

 

かせくり氏が言う。後ろには跳華さんだ。

 

「何かあったんですか?」

 

概念同化機構さんが言う。あと一年で共通テストだというので今年の分の問題を見ていたのだ。

 

「いや別に、今度ここに一人入れようって話らしくて」

 

「へぇ」

 

わたしはかせくり氏の言葉に少し驚く。このBar Panoptica(バー・パノプティカ)はチーフであるガレーナさんがかなり気を配って作っている環境で、人を加えるのにはあまり積極的ではなかった記憶があるのだが。

 

「なのでそいつと遊んできたわけ」

 

そう言うのは跳華さん。セーラー服じゃなくて紺色のジャージ姿だ。

 

「何してきたんですか……」

 

「ちょっとした協力ゲームをね」

 

VRの醍醐味の一つはコミュニケーションなので、そのあたりに着目したゲームもある。例えば裏切り者を潰したり、協力して敵を誘導して狩ったり。このあたりの本能的な衝動というか社会性のあたりを物理世界で発散するのは難しいこともあるし、こういうリフレッシュや娯楽としてVRを楽しむ人がもう少し増えてくれればなぁと思う。

 

「跳華さんが言うと胡散臭いなぁ……」

 

「いや、この手のゲームはかなり得意だぞ。一言で場を取りまとめてチームを集中させたのは驚いた」

 

かせくりが言う。結構意外だ。

 

「あんなパフォーマンスを常に出せるわけじゃないけどね、たまにだけだし」

 

「それでも相当異常だと思うぞ……」

 

「AI補助あるから、タイミングの問題よ」

 

そんな会話をふたりはぎゃあぎゃあしている。

 

「で、どういう人なんですか?」

 

「大陸の方の大学生。たぶんソニドリと同じぐらいの年頃なんじゃないか?」

 

「わたしは一応年齢伏せているんですけどね?」

 

跳華さんに思わず声を荒げてしまう。とはいえ大学入試のタイミングとかでだいたいここにいる全員に知られているのでまあいいのだけれども。一応チーフは全員を本名レベルで知っているという噂もあるけど実際どうなんだろう。

 

「……先輩ですか」

 

ちょっと複雑そうな声色で言う概念同化機構さん。うん、やっぱり一番新入りで年下って枠は難しいものがあるのだろう。

 

「そうなんだよ、年上なんだよね」

 

「ああそうですよね跳華さんは高校生でしたっけ」

 

「見てわかるようにね」

 

はいはい。別に本当かどうかはあまり気にしない。VR世界では()()名乗って()()演じれば()()なれるのだ。それがVRという場所の強さでもあるし、溺れやすさでもある。

 

「ところで、この前の東総大が出したVR機体のプレスリリース見たか?」

 

そう言ってかせくり氏が宙に浮かべるのは新しい技術ができたよというもの。ちなみにわたしは知っています。

 

「見てない、見せて」

 

跳華さんがかせくり氏の返事を聞かずにエンティティを奪って目を通している。あの速度だと処理AIじゃなくて目で読んでいるな。

 

「……面白いですね、これ」

 

「案外騙せるもんなんだな」

 

概念同化機構さんやかせくり氏が言うように、この報告の内容はうまい具合に組み合わせたシステムが人間の知覚を操作して想像以上の体験を与えることができるというものだ。実際の人間を被験者として学習データを積み重ねることで上手く人間を騙す術を覚えたというか。

 

「ソニドリはどう思う?」

 

「ノーコメントで」

 

いやその、ここの被験者AっていうのがMATAHEI(又平)に乗って散々振り回された僕なんですけどね。というかこういうものって本当に短時間でできるんだ。一月の頭に行ったときは研究員の人が締切が近いって叫びながら書いていたはずなのに。ちなみにその人の名前は端っこの方にちいさくしかなくて、東京総合大学医歯学域医学群の荒巻先生の名前が一番大きくなっていました。せちがらいね。

 

まあ一番お金を取ってきている人を一番大きく掲げたほうが最終的にはいいとかなのかもしれない。裏にいる名前のわからない人たちへの敬意を忘れないようにしたいな。今回だって僕も匿名側だし。

 

「これ、実際に使えたら楽しそうじゃない?」

 

「一機のコストが数千万とかだろ、一般市場には出ないんじゃないか?」

 

跳華さんの言葉にかせくり氏が悲しい現実を突きつける。というかやっぱりそれぐらいの値段だって推定になりますよね。

 

「あーあー。夢のフルダイブはまだ遠いかぁ」

 

「無理だと思いますけどね」

 

わたしは跳華さんにそう言いながらグラスに入っていた液体を呷る。

 

「なんでさ」

 

「現実から逃げるためのもう一つの現実なら、それは現実と見分けがつかないといけないからですよ。リアリティが重要であってリアルであることが大切なわけじゃないです」

 

「んなことは良くわかってるよ、私は術師で、それらしいものを作るプロだよ?」

 

「すみません」

 

「まあ、ただ没入感を出せるっていうのはいいことじゃないか?少なくとも出せないよりは」

 

「そうですけど……」

 

かせくり氏にはちょっと反論できないな。だって削るのは容易でも付け足すのは大変ですもの。少し前にやった授業の課題だって物理世界に違和感のある物体を付け足した形になるけど、アレを作るのは決して簡単ではなかった。

 

しかし現実世界のいいところは、わざわざ作らない限り変なことがまず起こらないってことだ。いきなり床と天井が逆になったりすることはあまりない。仮想空間では何でもできるけれども、逆に言えば何でも起こってしまうのだ。それが仮想空間であると担保してくれるものがないと、人間は容易にそれを受け入れてしまう。

 

「そういえばチーフは?」

 

「面談中じゃないかな」

 

概念同化機構さんに跳華さんが答える。そういえば昔わたしもやったなぁ。場所がEuphilia(ユーフィリア)だったけど。だって雰囲気自由に調整できるし静かな会話にも対応しているしログが残らないようになっているのもあってとてもいいワールドなんですもの。別にそういう空気になったりはしなかったけど。

 

「そっか、チーフにもこれについてちょっと聞こうと思ったんだけど」

 

「……やめたほうがいいかもよ?」

 

概念同化機構さんにわたしは小声で囁く。

 

「どうして?」

 

「……ほら、チーフがここの関係者と色々あってさ」

 

「へぇ」

 

世界は意外なところで繋がっているのだ。それが物理世界であれ、仮想世界であれ。

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