セミダイブ!   作:小沼高希

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Party in May, rue the day. 4

「筐体型VR、ね」

 

かせくり氏はそう言ってわたしの隣、カウンター前の椅子に座った。

 

「実は遊んだことなかったんですよ」

 

()()に慣れてると、少し違いがあるかもな」

 

そう言って彼の指が触れるのは、本来であればVRヘッドセットがあるだろう場所。

 

「温度、風、全身に対してのフィードバック。ある程度の筐体なら、得られる経験も違った物になるのは間違いないね」

 

そう言うチーフはグラスを布で拭いている。そういうモーションなのだろう。この世界にはホコリはないし、水垢もない。そもそも水道ないよな?

 

「……酔ったり、するんですかね」

 

「ソニドリは、VR生理学についてはあまり詳しくないのかい?」

 

わたしは小さく頷く。

 

「おっ、チーフの解説だ」

 

かせくり氏の言葉に、チーフは小さく咳払いをした。

 

「人間の身体には多くの感覚器官がある。いくつ言えるかい?」

 

「ええと、五感ですよね。目、鼻、耳、口……で感じる味。あとは触覚?」

 

「それだけじゃない」

 

「三半規管とか……あと、熱?これは触覚に入るんでしょうか」

 

「現代技術で外部操作可能なもので言うなら、押された感覚である圧覚、痛みの痛覚、吐き気やお腹の痛さというものまで含まれる。ただ、それらは個別に感じられるわけではない」

 

「味と匂い、それと食感の組み合わせは有名だな」

 

アセットオブジェクトである青リンゴを手の上で転がしながらかせくり氏が説明を引き継ぐ。

 

「鼻をつまんでものを食べると、鼻腔にまで匂いのもととなる食べ物から出た分子が届かない。そうするとこのリンゴは甘さと酸っぱさがある、()()()()とした食感のものだ、という情報しか届かない」

 

「……例えば、ナシと区別がつかないとかあるんですか?」

 

「あるぞ」

 

ニヤリと犬の表情が歪む。

 

「人間の脳は、こういう情報の組み合わせを複雑に処理している。ソニドリみたいなセミダイバーならこれを切り離せるかもしれないが、それでも筐体型の場合だと普段ともここにいる時ともまた違った感覚になるだろうな」

 

「semi-diver……?」

 

チーフの言葉に、かせくり氏は訝しげに言う。

 

「おや、知らなかったのかい。……黙っておいてもらうか?」

 

チーフはそう言って、琥珀色の液体が満たされた角柱状の瓶の首を持ってゆっくりと持ち上げていく。

 

「すまない、もし必要なら今から酒と睡眠薬を買ってくるが……」

 

「二人とも大丈夫ですって、あとなんですか睡眠薬って」

 

「一部の薬は前向性健忘、つまりは飲む前のことを忘れるような副作用を起こす。かつては監視から逃れるために使う人もいたというが……」

 

「つまりは昔の話だよ。っと、ソニドリの話に戻るか」

 

すっと戻される瓶。このゲームの中で頭を殴られても記憶を失ったりしないよな?わたしの知る限りではそういう事のできる刺激パターンとかは見つかっていないし、カウンセリングみたいな方法で記憶を弄るのはかなり大変だと聞いたが。

 

「ソニドリは今、トラッカーを使わずに寝た状態でこの操作をしている」

 

「……ああ、フルダイブには満たないから、か」

 

「思考を読み取る技術も、感覚を書き込む技術も、未だ発展途上だ。今の時点でフルダイブに近づける方法の一つは、一杯の酒とともにプレイすることだな」

 

仮想空間で物理空間を再現するのではなく、仮想空間と物理空間の違いを認識できないようにするという手法。一説によれば日本国内では禁止されている薬物を用いることがあるとか言われている。わたしはそういう方面のアングラにはあまり触れないようにしているので詳しくは知らない。

 

「……というと、深部感覚を切り離せているのか」

 

「そう。ソニドリは身体から来ている腕がどれぐらい曲がっているかの情報を無視して、こっちの世界の肉体を動かせている」

 

「トラッカー使うときもありますよ、音ゲーとかはそっちのほうが楽なので」

 

何もつけていない状態のカメラからの映像だけで体勢を評価するのは、どうしても時間がかかる。それなら光を反射するような、あるいは超音波を出すような専用の加速度センサー入りトラッカーがあったほうが応答は早くなる。

 

「音ゲーはむしろトラッカー使うほうが処理がズレるのでは?」

 

一瞬わたしはかせくり氏の言いたいことがわからなかったが、少しして意図を理解することができた。

 

「そんなシビアなやつやりませんって、ダンスとかのやつです」

 

数十ミリ秒の精度で手の形や位置を正確に合わせるようなゲームは、むしろ見て楽しむ方だ。達人になると物理の腕に加えて脳計測デバイスで操る合計四本の腕を縦横無尽に動かしてクリアしたりするらしいが、そういう人はわたしと別方向でセミダイバーたる資格があるだろう。

 

わたしがやるのは、ダンス自体を評価するやつ。ある程度の指示はあるが、パフォーマンスの採点の要素が大きいパーティーゲームに近いものだ。

 

「それで、ソニドリはどういうのを遊ぶんだい?」

 

「使えるソフトがどういうのなのか知らないんですよね、どうやらああいうのは場所によってできるものが違うらしくて」

 

「ああ、カラオケみたいなものか?」

 

「たぶん、そうです」

 

「あるいはネットカフェにも近いかもね、かせくりはそういうのやらないのかい?」

 

チーフからの問いかけに、かせくり氏は首をゆっくり振った。

 

「自宅にそれなりに金かけて環境作っちまった以上、わざわざ他所に行くのも億劫になってな」

 

「そうかい」

 

「あとは仕事道具でもあるからな、大量の情報を二次元で整理するなんてやってられんし、設計したものを好きなスケールですぐ確認できるのもVRならではだ」

 

「そういうのってXRが得意としそうな分野だと思っていたんですが」

 

「ああ、ほとんどの人はそうだよ。ただ俺の場合は趣味を詰め込んだ結果、ってわけさ」

 

いい大人だな、と思う。直接こういう人みたいになりたいと思うわけではないが、学ぶべき要素は多いように思う。

 

「……そう言えばだが、ソニドリさんが現実の友人の話をするのを聞いたのは初めてかもな」

 

「そりゃあまりあっち側のこと積極的には話しませんから」

 

「新生活で大変だとは聞いているが、まあ新しい出会いがあったならそれは喜ばしいことだ」

 

かせくり氏にはだいたい見抜かれているということか。こっちを見て楽しそうにしているチーフしかり、ここにわたしが勝てそうな人はあまりいない。

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