セミダイブ!   作:小沼高希

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Party in May, rue the day. 5

友人とどこかに出かけるというのは、物理世界では相当久々にする行動だ。

 

「ミドリちゃん、早く来すぎじゃない?」

 

「……ユミナさんだって、まだあと十五分ぐらいあるよ」

 

大学の最寄り駅で待ち合わせをしていた僕たちであるが、最初に到着したのはたぶん僕。わくわくして、というのか焦燥感を持って、と言うべきか、ともかくあまりだらだらすることもできず、いつもみたいな襟付きシャツと茶色いカーディガン、黒いズボンを着てきた。少しだけ肌の手入れには気を使ったが、それぐらい。

 

一方のユミナさんは黒地に赤のネルシャツにデニムパンツ。たぶん僕が着ると服に負けてしまうが、化粧の決まった彼女だと相互に高め合っているような感じになる。それでいて男装っぽい感じなのは、美人だからってことでいいのかな。今どきはあまりこういう言い方はよくないのかもしれないが。

 

「アキはいつ来ると思う?」

 

「五分前とか?いつも僕より先に教室にいるし」

 

「ならウチは十分前に賭ける!」

 

日差しも強いので、駅内の改札前まで移動する。ここで待っていれば、アキさんが通りかかったならわかるはずだ。

 

「そう言えば、アキさんって量子コンピューターに詳しいらしいんだよね」

 

微妙な空気に耐えかねて、僕はユミナさんに声をかけた。

 

「それ、アキが聞かれるの嫌がってない?」

 

「……そうかも」

 

今まで少し会話をしたが、はぐらかされている気はする。

 

「ミドリくんはさ、そこらへんもう少し注意したほうがいいよ?そういうとこから関係ってぎくしゃくしていくし、そういうのウチは見たくないから」

 

「……反省します」

 

ユミナさんは僕以上に他人の心の機微とかを読める人らしい。こういうところは上手な人に倣うのがいいと僕はあまり長くはない経験からではあるが学んでいる。

 

「けど、アキがそういうの隠しているっていうのは気になるよなぁ……」

 

悪い笑顔と共に、壁に寄りかかったユミナさんは言う。前言を撤回したほうが良いかもしれないな。

 

「僕が見るに、そういう分野ならかなりできると思うよ」

 

「ミドリくんはどれぐらい量子コンピューターに詳しいの?」

 

「ユニタリ変換っていうのを使うのは知ってる」

 

「なにそれ」

 

「……回転?」

 

僕もきちんと説明できるほど把握できているわけではない。

 

「……難しいんだね」

 

ユミナさんは理解を放棄したようだ。自分にはできないことをちゃんと認められるという意味では誠実な態度なのかもしれない。

 

「でもそれを高校のうちにやってたってことは、やっぱアキって天才なんじゃ」

 

「……かもね」

 

少しだけ反論しようとしてしまった。それぐらいのことができる人は結構いる、と。プログラミングコンテストのAlgoritmiでは中学生や高校生が世界ランキング上位に来ることは珍しくないとか言おうとしてしまった。

 

さっきユミナさんに言われてその言葉を口にして何が得られるかを考えるだけの余裕があってよかった。そういうことを言おうが僕よりアキさんに量子プログラミングの知識がある事実は変わらないし、同レベルかそれ以上の人が多くいるように見えるのはかなり偏った集団を観察しているだけだ。天才という呼び方がどこまで適切か、という問題は残るが。

 

「あーあ、やっぱ大学って大変だなぁ」

 

背伸びをするユミナさん。絵になるというか、息を呑むというか。かっこいいのは間違いない。

 

「なにさ、ウチの顔に何かついてた?」

 

「いや?」

 

「そう」

 

そんな会話をしていると、僕たちの前で濃い灰色のオールインワンを着た女性が足を止めた。

 

「……待たせてたみたいね」

 

「そんな待ってないよ、大丈夫」

 

アキさんの言葉にユミナさんがそう返す横で、僕は頭の中で時間を引き算していた。確かにあまり待っていない。

 

「賭けは僕の負け?」

 

「だね」

 

僕とユミナさんの会話を聞いてアキさんは一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに理解しなくていいことだろうなと判断したようだ。

 

「予定より一本早い電車に乗れそうね」

 

そう言って歩き出すアキさんを、僕たち二人はちょっと遅れて追いかける。リストバンドを自動改札機に当て、揃って下りホームへ。ちょうど電車が到着しようとしているところだった。

 

「予約の時間は?」

 

閉まる扉の外を見ながら言うアキさん。

 

「十時半から。まだ午後の枠空いてるっぽいから面白かったら続けてもいいけど」

 

いつの間にかXR端末をつけていたユミナさんが宙を触りながら返す。

 

「……たぶん、かなり疲れると思うよ」

 

「それは、どうして?」

 

アキさんの質問に、僕はどう答えるか少し悩んでから口を開く。

 

「VRでは実際の物理空間の身体と仮想空間の身体に齟齬が起こるんだけど、それはたとえモーションプラットフォームを使っても完全には吸収しきれないもので……」

 

「弾性エネルギーみたいなものが溜まっていく、と?」

 

胸の前で間を開けて置いた両手で仮想のゴムボールをぽよぽよしてから押しつぶすようなジェスチャーをするアキさん。

 

「ひずみ、って言ったほうがわかりやすいかも。船酔いとか車酔いとかと似てるけど」

 

「ウチはそういうのあまりないけど、アキさんはどうなの?」

 

「私はそもそも経験がないからわからない」

 

「そっか」

 

アキさんの答えにユミナさんは納得したようだ。あと僕はもう慣れている。最初のうちは辛い部分もあったが、数年間に渡る脳計測デバイスのための修行をやっていたらいつの間にか頭を切り分けられるようになっていた。

 

「ユミナさんはどこでVRを?」

 

「遊園地だよ、地元だからたぶん言ってもわからないけど」

 

そう言ってユミナさんが園名を口にしたが、僕とアキさんは目を合わせて同時に首を振ることになった。

 

「面白かったけど、ウチはやっぱりXRのほうが合ってる気がした」

 

「どうして?」

 

僕が聞くと、ユミナさんは悩ましい顔をした。

 

「……なんていうか、VRってこっちじゃない、って言えばいいのかな。ええと、さっきミドリちゃんが言ってた物理なんとか」

 

「物理世界と仮想世界」

 

「そうそれ、ウチらが生きてる物理世界と、仮想世界って別物でしょ?前にミドリちゃんの家で触ったやつ、あれってXR寄りだよね?」

 

「そうだね、機材自体はVRのものだけど」

 

ここらへんの定義は難しい。本来定義的にはVRはXRに入るはずだし、仮想世界を体験するのはVRに限らない。

 

「ウチはこの目で見えて、手で掴める世界が綺麗になるのがいい」

 

「……なるほどね」

 

僕は物理世界と切り離されているからこそ仮想世界はいいと思っていたが、そうでない人も当然いるよな。ただ、これはどっちが正しいとかではないから互いに流すしかない。

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