セミダイブ!   作:小沼高希

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Party in May, rue the day. 6

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受付の、たぶんアルバイトの人が僕たちに言う。渡された書類はええと、まあいわゆる健康問題に対する免責とかAI関連サービス提供における情報利用の許可とかそういうものだ。薄い紙の表裏にびっしりと印刷された小さな文字は見るだけでちょっとふらついてしまう。

 

「……アキさん、読んでるの?」

 

「契約書はできるなら目を通しておきたいから」

 

ユミナさんにそう言うアキさんの指は、ちゃんと読んでいるのかと疑いたくなるような速度で滑らかに下に引かれていった。結局彼女も条項に満足したようで名前を書いていた。

 

「VR機器の使用経験はございますか?」

 

顔と手の撮影が終わったところでそう聞かれ、アキさんとユミナさんが視線を向けたが僕は首を振った。

 

「ないです」

 

「かしこまりました、えーと……少しお待ち下さい」

 

この様子を見るに、経験の無い人が来るのは珍しいらしい。一応ユミナさんはゲームセンターとかで触ったことはあるはずだけどそういうのはここみたいな汎用性の高いモーションプラットフォームではなく、もっと特化型のものだったりするから否定したのだろう。特定のゲームに特化するのであれば、むしろそちらのほうがいいのだ。

 

少し経ってやってきた人は、ちらりと見えた胸元のプレートによれば店長であった。まだ若そうなお姉様に見えるが、この齢でこの地位となれば実力かあるいはあまり考えると幸せにならないタイプの高度な政治的駆け引きとかがあるのだろう。

 

「お部屋はこちらです」

 

僕たちが案内された部屋には、四台の腰の部分が固定されるタイプの筐体が置かれていた。床の部分が傾くようになっているタイプだからか、土台とかがしっかりとした作りの場所に見える。坂道とか衝撃とかをこれで再現するわけである。

 

もっと可動範囲が多いと頭から落っこちるような姿勢を取ることもできるのだが、ここまでくると安全対策の法基準やらなんやらでそもそも作ること自体が難しい。一方中国内地のほうではこのあたりの規制が緩いので派手なものが作られているが、事故も絶えないらしい。

 

「装着したらチュートリアルが始まるので、それに従ってください。もしなにか問題があればこちらの緊急ボタンを長押しで」

 

「わかりました」

 

店長の説明にアキさんは笑顔で返す。手で持つコントローラー部分に赤いボタンがついており、これを押せば通報されるようだ。しかしゴーグルを付けるのに赤いボタンである必要がどこまであるのか。

 

「装着してもらうのはこちらのヘッドセットと防音マイクになります。これを頭に装着した状態で筐体のフレームに腕と脚を通して固定してください。一人では難しければ、お手伝いいたします」

 

実家にいた頃は防音マイクを使って夜な夜な遊んでいたが、今のアパートはそれなりに壁も床も厚く住環境がいいので使っていない。微妙にくぐもるというか、声がオープン型のマイクとは変わるので僕みたいに意図的に声を変えたりする人だとそれを加味して発音しないといけない。

 

ロールプレイにおいて声は重要な要素だ。いわゆる「kawaii voice」を作る方法は色々とあるが、僕は訓練を選んだ。そしてなんとかなってしまった。生成型ボイスチェンジャーとかを使えば半年以上の訓練が要らなかったのではないかということは考えてはいけない。結果として声の幅が広がったから良しとしよう。

 

アキさんが少し手間取ったが無事に僕たちは全員仮想空間に飛び込む準備が完了した。

 

「それでは、お楽しみください」

 

「店長さん、ありがとうね」

 

笑顔で言うユミナさんは扉の向こうに去る店長を見送ってから、僕とアキさんと顔を合わす。

 

「アキさん、緊張してる?」

 

ユミナさんの声は、耳元のヘッドセットからも聞こえてくる。通信は問題ないようだ。

 

「全身を拘束されているような感じで、独特の高揚感がある」

 

「つまりワクワクしてるってこと?」

 

ユミナさんの質問に頷くアキさん。

 

「それじゃあ、行こうか!」

 

僕たち三人は、ほぼ同時にディスプレイを下げた。

 


 

ちょっとだけ、準備をしておく。

 

「行ってきます。けど、()()()は今日はお休み」

 

これからアキさんとユミナさん、二人と一緒に遊ぶのはソニドリではなく河辺(カワベ)(ミドリ)という大学生一年生だ。声も僕が使っているものにするし、脳計測デバイスがないから身体を直接動かさなくちゃいけない。大丈夫。少なくとも、頭では理解できている。

 

最初の時間は、筐体に身体を慣らすための時間だ。腕を回す。指を曲げる。片足を上げる。跳ねる。指を伸ばして、特定のものを狙う。脳の後ろの筋肉を動かすようないつもの補正操作を行おうとしてもアイコンが移動せず、今はそういうデバイスをつけていないことを一瞬遅れて思い出す。

 

二人の前でなら誤魔化す事はできるだろうが、気がつかれないに越したことはない。そんな高い機材を使ってまで仮想空間にVRで通っているとなれば、あまりいい目で見られることはないだろう。少なくとも高校時代の経験からはそうだ。

 

「二人とも、聞こえる?」

 

耳元から声がして、視界の端に小さな「AA(Ayabe Aki)」のイニシャルが見える。

 

「大丈夫だよ!ちゃんと聞こえてる。ウチはまだちょっとチュートリアル途中だけど……」

 

こう言うのはTY(Takakuwa Yumina)。なら僕はKM(Kawabe Midori)になるのか。本名が表示されることに一瞬怯えてしまうが、そもそも向こうは僕の名前を既に知っているのだと心を落ち着かせる。

 

「私もそう。ミドリさんは?」

 

「僕は全体の七割ってところ。そろそろ終わるかな」

 

「えっそんな進んでるの?ウチまだ半分だよ」

 

「……頑張って追いつくから、少し待っていて」

 

「わかった」

 

僕はそう言って、チュートリアルの終盤に挑む。とはいえ難しいことじゃない。衝撃を受け止めるために少し膝を曲げた姿勢を取る練習をするだけだ。カウントダウンが0になると身体全体が殴られたか壁にぶつかったような軽い衝撃を受け、足の裏からも振動を感じる。いいね、こういう体験は筐体あってこそだ。

 

一通りの練習がいち早く終わった僕は、扉のようなものをくぐって待合室らしい仮想空間に出る。ブロックのような小物がいくつか置かれているあたり、これで暇を潰せということなのだろう。物理挙動がどこまでしっかりしているのかを確かめるべく、僕は薄い板状のブロックをいくつか取ってドミノ倒しをするように並べ始めた。

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