セミダイブ!   作:小沼高希

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栩々然として学生也
栩栩然として学生也 1


目覚ましの音で意識が引き戻された。ぼんやりとした白い光で僕の目を照らすVR端末を取り外す。気分はあまり良くないし眠気もあるが、仕方がない。夜中まで遊んでいた昨日の自分を呪うしかない。

 

端末を外して見る一人暮らしの部屋はあまり掃除がされていなくて、入居時に色々広げて片付けておかないとと思っていた段ボール箱も放置されたままだ。間もなく長期休暇に入ろうというのに、ひどい話である。

 

ただ部屋の中と違って自分の身だしなみぐらいは整えておかないといけない。僕は決して自分の風貌が好きではないし、それを無視するほどの勇気もない。そういうわけで短かく切られている髪に寝癖がないかを確認し、顔を軽く洗ってBBクリームを適量取ってなじませ、コンシーラーで気になるところの色味を調節し、アイブロウペンシルで眉を整えていく。もうすっかり慣れた作業だ。

 

自分でやっても驚くことに、こういう作業をするだけで僕の目は騙されていく。見ただけでは性別の判別がつかないような鏡の中のぼんやりとした人間が、少なくとも見ただけで目を逸らすほどではない程度の顔つきにはなる。

 

このアパートは大学まで徒歩七分。ただしキャンパス内でそれなりに歩くので二十分は見ておきたい。今の時間は八時四十一分。ギリギリだ。

 

部屋の鍵を締めて、カンカンカンと小気味良い音を鳴らしながら平成の時代に作られた非常階段を降りていく。しばらく歩けば大学の門の一つから入れるので、そこからまた歩いて北7号棟まで。並ぶ扉の中でどこが自分の行くべき場所かは、もう三回も出席すれば覚えてしまう。

 

「おっとごめん、どくよ」

 

通路を塞いでいたのは見るからに遊んでいる大学生という、逆に今どき珍しいんじゃないかという人物。すぐ道を開けてくれたので悪いやつじゃないのだろうが、そもそも塞がないでいてほしい。ちょっと漏れ聞こえた所によると新歓なる行事に参加するとかの話をしていたようだ。僕には関係のないものだろうな。

 

それはそうとさっきの人、この授業を取っているのだから情報科学部の一年生なのだろうが、入学してそうそうあんなへらへらとした空気を纏えるものなのだろうか。高校時代からさぞかし友達が多かったに違いない。顔もいいし。そんな僻みにも似たことを考えながら、僕は講堂の前の方の席に歩いていった。

 

「座るよ」

 

隣の女性に声を掛けると、一瞬だけノートパソコン──それも普通のものよりも厚めの──から目を外して軽く礼をしてまた作業に戻った。どうやら問題ないらしい。

 

読んでいるのはちらりと見る限りは英語の文章だが、なにやら数式が多い。むしろ数式の方が多いまである。僕は自動翻訳がないとまともに英語を理解できないので、ちゃんと勉強をしている人に対しては少し尊敬感を抱くのだ。授業を聞かずにずっと何かを読んでいるのは果たして行儀としていいのかは知らないが。

 

いや、彼女がつけている眼鏡が実は薄型の端末だったりして、なんてことを思いながらチャイムの音を聞く。この授業の先生はたいてい少しだけ遅れてやって来る。出席も授業が終わるまでに送ればいいので、いい先生なんだなと思っている。

 

さて、授業の準備をしてしまおう。隣の人は紙のノートとシャープペンシルという百年前でも通じそうな──いやシャープペンシルって1948年にあったのかな──装備だが、僕はもう少し便利なものを使う。

 

充電池などなど内蔵の重めのケースを開け、シンプルなデザインのXR端末を取り出してかける。大学入学祝いとして買ってもらった、去年発売の新型だ。こめかみ部分の蝶番を叩くとMirageのロゴが一瞬宙に浮かんで消え、授業用のファイルに暇つぶし用のゲームが写るブラウザ、今週の天気予報などが視界に重なる。

 

「はーい、それじゃあ授業を始めるぞ」

 

たしか情報保安学科の丸岡(マルオカ)先生という恰幅の良い男性が教卓に立ってスライドをプロジェクターで表示させる。ちらりと後ろを見ると、ほとんどの学生がXR端末をかけていた。そうだよな、わざわざ後ろの方から文字が小さい上に眩しいスライドを見るよりは、手元でダウンロードしたやつを見る方がいい。前の方に座っている僕の場合だと直接見たほうが早いけど。

 

情報技術要論Aというこの授業は情報科学部に必修の授業となっている。やることはそう難しいわけじゃない。先生の話を聞いて、レポートをまとめるだけだ。ただ、雑にAI(人工知能)に書かせると判定に引っかかるので、ちょっとした工夫は必要だ。ここらへんはもう高校で慣れたものだ。授業の最初の時に先生が口うるさく言っていたが、今どき生成させたそのままを提出するやつなんていないだろ。ちょっと判定ソフト通して独特な口調を改善したり、複数のサービスで作ったやつを組み合わせてやるとか、手は色々ある。大学指定の契約しているやつは触ってみたたところそこまで性能は良くなかったが、あれはレポートとかでそれなりに自由に使えるから下手に疑われるぐらいならいっその事全部履歴の残るあれでやったほうがいいかもしれない。

 

そんな事を考えていたら授業は進んでいた。今のテーマは十五年ぐらい前の東亜・南海戦争時代のフェイクニュースについて。僕たちがまだ物心つくかどうかの時代だ。

 

なぜか僕はそこらへんに詳しい。先生が説明をぼかしている部分についても、嫌ではあるが知識を持っている。一部の作成者がフェイクニュースを撹乱や風刺ではなく純粋な遊びとして作ったのだと理解できる仕込まれた数字とかについては、たぶん知らなかった方が良かったと思う。なのでこの部分はやらなくてもいい。

 

ただ、技術面の話は面白いな。例えばフェイクニュースに添付するコラ画像に対して学習防止用に開発されたフィルターをかけることでAIによる自動判定を止めたり、あるいは当時の政府発表の映像自体を乗っ取ってフェイクだと主張するとか。こういう事ばっかりやっていて他の地域のような戦争をしていなかったので恨まれても仕方のないところはあるかもしれないが、そういう国際情勢については僕たちの専門外だ。

 

というわけで今日の課題が映される。これは配布ファイルにないので、撮影しておく必要がある。今までスライドにあった制限パターンがなくなったので、教室の後ろの方から撮影音がしている。僕も撮っておこう。撮影制限を回避する方法なんて色々とあるんだけどね。

 

「今日中に出しておいてくれ。出席とは別なので、そちらも忘れないように。あと来週から授業冒頭に課題に対してのフィードバックを行うから、そのつもりで」

 

そう言って足早に出ていく先生に対し後ろのほうがざわついているが、僕は真っ当なことを書くので問題ない。ちなみに隣のノートパソコンを持っている人はなんか凄いスピードでキーボードに指を叩きつけていた。まさか手打ちでレポートを作ろうとしているんじゃないよな。

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