「低濃度空間における不具合の気がするな」
かせくり氏は並行してゲームをプレイしながら検証を進めているようだ。共有をオンにしてくれているので、その様子はわたしたちも見ることができる。
煙をあげる工場。灰色の空。出退勤を行う労働者。貨車には工場から出された様々なものが満載で……なんか明らかにまずそうなものを川に流して廃棄しているのは見なかったことにしたほうがいいのかな。
「弱圧縮かけてるほうが大きくないかい?」
キャプチャ動画から解析をかけているらしいチーフが言う。一般的にこういうリバースエンジニアリングはあまり行儀の良くないことだとされており、グレーゾーンである。
「ローカルで回すこと前提なら別にQ-friendlyの必要もないしな、並列優先で構築を……」
メモリの処理量を見ているようだ。どのような種類の計算が主に行われているかを見ることでアルゴリズムを解析しようとしているらしい。
「二人はなにやってるのが、ソニドリ師匠はわかるんですか?」
概念同化機構さんがわたしに聞いてくる。
「いやわたしには何も、あとごめん、その言われ方すると背筋が嫌な感じにゾワッと来るのでやめて」
いい声だとは思うんですけどね。あまり聞かないノイズが混じっているので単純に生成型ボイスチェンジャーの
「……ごめんなさい、あなたの声が良かったので」
哀しさと甘さ、息多めのボイス。それを作る理論は理解しているし、あくまで作られた声だとわかっているのに、身体が思わず反応してしまう。
「別の意味で背筋が変な感じになる」
「……ソニドリさん、そういうのをあまりやるのは感心しないぞ」
かせくり氏がわたしを見てため息を吐く。
「始めたのはわたしじゃないですって!」
チーフからも冷たい目線を向けられてしまった。仕方がない。
「でもすごい光景ですね、こういうのって資料を参考にしているんでしょうか」
「フランス、イギリス、ドイツの工業地域の様子をモデルにしたというが様式は独自のものらしい。まだ俺はアートブックをきちんと読み込んでいないからはっきりしたことは言えないが」
「例えば積み方なんかにも地域差っていうのはあらわれるものさ。こういう再現したところで直接的には意味がないものをしっかりと詰める粋さ、というのも確かに存在するんだよ」
チーフが言うと説得力が違う。AIを活用してとはいえ、過去の時代を再現するワールドなんかを作っているのを見たことがある。あれは確か19世紀のロンドンだったかな。
新聞記事、町並み、市場に売られている商品のラインナップと値段。服装、人の流れ、道路の状態から背景音まで。参考となる資料は確かにオンラインに多く存在するが、そこからあれだけの完成度としてまとめ上げることができる人はほとんどいないだろう。
「……そういうのには、あまり興味がない?」
わたしはバツ印を目というか中央の表示部に浮かべている概念同化機構さんが頷いた。
「もっとこう、アクション系が得意です……」
「わたしはあまりそういうの……やらなくはないか」
飛んだり跳ねたり踊ったり。身体を動かすこともあるけど、かなりの程度なら寝たままでも可能だ。むしろ脳計測デバイスを使うなら立ったままでは遊べないので寝転がっていたほうがいいこともある。
「どういうのやるんですか?」
「……ここにいても二人の議論に混ざれないし、行ってみる?」
嬉しそうに回る球体のアバター。かなり表現が豊かだ。
「それじゃあチーフとかせくり氏、わたしは概念同化機構さんと別のところ行きます」
「ほーい行って来い」
軽く手を振るかせくり氏と、一瞬だけ視線を向けて画面に向き直るチーフ。議論はかなり複雑なところになっているらしく、わたしが理解できる単語がなくなってきていた。
一旦、Bar Panopticaの扉を出る。Conligo規格のワールドに行く方法はいくつかあるが、複数人でワールドをまたぐ場合には門を作ったりするのが一般的だ。一部の凝ったワールドは専用の門の構造データを提供したりしているが、普通はシンプルな枠型のものになる。
「えーと、ここだここ」
検索したらすぐに出てきてくれた。グローバルプレイじゃなくてクローズドでいいか。
「SWARM……群れ、ですか?」
創造された門に書かれたワールド名を読む概念同化機構さん。
「そう、知ってる?」
「いいえ。ああそうだ、アバター変えたほうがいいですか?」
「必ずしも人型である必要はないと思うけど、確かにそうだね」
「わかりました、入ったらちょっと着替えます」
そんな事を言いながら、わたしたちはワールドを移動する。このワールドは比較的データが多くないのでほとんど違和感なく門をくぐることができた。
白い空間の遠景には墨を流したような山。そしてその手前側には飛んでいる濃い黒色をした霧のようなもの。よく見れば、それは一つ一つが指先ほどの大きさの要素からなる紙吹雪のようなものだとわかるだろう。
「鳥とか魚の群れ、みたいですね」
声のしたほうを見ると、アバターが読み込まれている最中だった。
「……また可愛いデザインだね」
半ズボンと短く切られた白い髪。細めの脚と手首。元気そうな赤い目。小学生ぐらいの少年らしきアバターだ。髪飾りに小さな球体がついているがこっちが本体かな。
「こういうのが好きなんです」
「なるほど、いい趣味だと思うよ」
わたしは微笑んで、少し離れたところにある群れの一つに向けて手を伸ばす。
「指先を見てて」
人差し指と中指を伸ばして上、右、左下と動かすと、それに合わせて群れが引っ張られるように動く。ただ、素早く動かしてもそれだけの速度で動くわけではない。大きな群れならそれにあわせたゆっくりとした操作が必要で、同期が取れないとすぐに制御ができなくなってしまう。
「操れるんですね、わたしでもできますか?」
「アバターの規格がBasic Humanoidなら問題なく機能するはずだけど」
いわゆる人型のアバターは、これに対応していると思って問題ない。逆に言えばこれに対応していないと困ることも多いのだ。例えば相手の手を取ってステップを踏みながら踊るというのは二本の腕と二本の脚があることを前提としている。
ただ、かならずしもそういうものが必要なわけではない。昔ながらのキーボードやマウスにもConligoは対応しているし、Basic Humanoid以外のものでも互換性をもたせたり対応を自動分析するようなシステムはある。
「すごいですねこれ!ちょっと難しいですけど」
そう言いながらあどけない表情を浮かべる概念同化機構さん。やはり人間というのは、どうしてもアバターから印象を受けてしまうものなのだ。