概念同化機構さんはこのSWARMというゲームをなかなかお気に召したらしい。カジュアルプレイヤーでも入ってくるのは嬉しいものですね。
「ところで、ソニドリさんは強いんですか?」
わたしは相手の質問には直接答えず、このゲームのランキングを表示させて見せてあげる。
「えーと、この順位ってことは……」
指の動きからして電卓を起動しているのだろう。基本的なガシェットはVRシステムに事前に埋め込まれているのだ。
「とても強いんですね」
「そうだよ。でもあなたならそう時間もかからずに上位には入れると思う」
「ちょっと通ってみます。ええと、他の人と闘うにはグローバルプレイでいいんですよね」
「そう。ついて行こうか?」
「お願いします」
「観戦モードだと声とかかけられないけどね」
一応他のソフト経由であれば通信もできるのだが、あまり良くない行為という扱いになっている。実況とかしている人も多いけど、それでも第三者の声を入れないというのはある種の紳士協定のようなものだ。
ただ、もちろん破る人もいる。別視点からのコメントとかがあれば有利だろう、というやつだ。しかしこれはそこまで効果的ではない。少なくとも、こういった行為で順位を大きく上げることは難しいと言っていいだろう。
例えばわたしが見ている視点は、今戦っている概念同化機構さんのものとは異なる。手をどう振るかというアナログな操作でしか群れは操作できないので、わたしの視点を伝えて、そこから相手が手を動かして、というステップを経る必要がある。
それだけのラグと積み重なった不正確さがあれば、第三者の視点というメリットはほとんどなくなってしまうどころかマイナスにさえ働く。
最初の相手は、概念同化機構さんと同じく初心者のようだ。まだ慣れていないらしく、行動のところどころに驚きが見える。たぶん想定していない動作をしたとかそういうのだろう。
それに対し、概念同化機構さんは落ち着いたものだ。最初に格上のはずのわたしと戦って勝ってしまったとかで驕っていないかとも思ったが、かなり冷静に状況を把握することができているようで。
観覧者としてのわたしは、かなり自由に場所を動かすことができる。ある意味では特等席で観覧できるわけだ。大きな試合とかになるとこういうふうに他人の戦いを見る人も増えてくるが、今日この試合はわたし一人だけのようだ。
数分後に、大差とはいかないまでも確実な勝利を概念同化機構さんは収めた。
「よっし!」
「良かったよ」
「ソニドリさんはやらないんですか?」
彼女の言葉に、わたしは少し悩む。
「……いいよ、見せてあげる。ただ、わたしのアカウント名は他の人には黙っていてね」
「わかりました!」
「一瞬だけログアウトするけど、待ってて」
そう言ってわたしはアカウントを切り替える。サービスごとに使うアカウントを切り替えるのは少数派だ。VR界隈にいる人は裏名義のようなものを使うことも多いが、わたしはできるだけ切り分けている。
それは古い世代から教えられた防衛策であるし、何かに縛られたくないというわたしの思想みたいなところもあるし、アカウントとアバターを実質紐づけるようなConligoのシステムではわたしのしたいことができない、というのもある。
「お待たせ」
「……そのアバター、は」
少し驚いているようだ。珍しいのは間違いない。
「こんにちは、概念同化機構さん。CentupleTonguesと申します」
スーツに身を包んだ、首がなく背の高いアバター。そしてその姿が更に特異なのは、白いドレスグローブをつけた四本の腕を持つところだろう。ホラー的な要素も感じさせる、精神攻撃を前提としたものだ。あまりにも血飛沫が飛んだりするようなものは規制されるが、このような本能的に感じる不気味さに留めるのならば基本的には問題ない。
「ええと、
「
落ち着いた、低めの男性の声。響くような、丁寧が故に警戒をしてしまうようなものに調整してある。基本的にSWARMで相手と話すことはないのだが。
「あっ知ってます!
「それにあやかっていてね」
そう言いながらわたしは対戦相手の前に立つ。概念同化機構さんが見えなくなるが、たぶんそばにいるのだろう。
相手の名前には見覚えがあった。前に二度か三度、戦ったことがあるはずだ。遅れて出てきた戦闘履歴を見るに二回だった。直前の試合ではわたしが負けている。ただどういう戦法だったかまでは覚えていないな。
「
基本的にグローバルゲームでは英語が公用語だ。もちろん中国語も少なくない勢力だし、日本語だって決して使われないわけではない。そもそも自動翻訳があるのでちょっとした会話をするだけなら相手の言葉を知らなくてもいい。
ただ、それは2048年を生きるゲーマーとしては少し相手に対する誠意に欠けるところはあるだろう。多分相手は英語圏の人だし、これぐらいのサービスはしておかないと。
そして相手はわたしの戦法を知っている。なら、最初から使わせてもらおう。
物理世界の両腕を広げるとともに、頭の後ろの方に感覚を集める。肩甲骨から首の後ろにかけて、もう一対の腕の感覚を移植するようなイメージを思い出す。
視界を素早く斜め上のほうに動かせば、上の方の腕の一対がきちんと思ったとおりに動いていた。これを気が付かれないように頭部のないアバターを選んだ部分もある。ただ、手の部分はきちんと用意しないといけないので結果として四本腕になってしまった。
四つの群れが異なる形状で別々の方向から眼前の敵を狙う。しかし相手も慣れたものだ。自分の群れを一つの塊にして、丁寧に一つづつの攻撃を弾いていく。わたしのほうはあまり群れ同士を近づけすぎると制御が統一されてしまうので、こういうふうにされると弾かれるのだが弾くなよ。
そうだ、この人はそういうことをしてくるんだったと今になって思い出す。それに弾いた衝撃を使って次の防御位置まで群れを移動させるということまでやってのけている。間違いなく実力者と言っていいだろう。
「
わたしは群れを再構築しながら、胸の前で拍手をする。こういうことをちゃんと丁寧にやると不気味さを増やすことができます。
「
聞き取れる範囲の限界に近い訛った英語を楽しそうに叫びながら、相手はこちらに塊を向けてくる。ああまったく、こいつは制御がうまいんだ。
群れの行きたい方向を見極めているというのだろうか。無理をさせず、それでいて狙った方向に動かすという難しいことをされると、弾かれて集合しようとしているわたしの群れに塊のまま猛進する一群がやってくるわけだ。