『そういうわけで今回はLogistica Vの解説をしたんだぜ』
デフォルメされたシューティングゲームのキャラクターが解説する古き良きスタイルに従って行われる、かせくり氏による布教動画は終わった。ゲーム内容から過去作のデザイン、操作方法やバグまで詳しく解説された短いながらも良いチュートリアル動画であった。少なくとも貴重な寝る前の時間を無駄にしたと思うほどの出来ではなかった。
「そういうわけで君も買おう、バグもちゃんと修正されつつある」
フィルム式映写機みたいなエンティティを回収しながらグレーハウンドのつぶらな目がわたしの方を見る。
「……面白いとは聞いていたので、やってみたいとは思うのですが」
「何なら奢るぞ、ソニドリさんであれば惜しくない」
「かわいいアバター纏っている人間だからといって距離間違えると大変なことになりますよ?」
「俺はあまりそういうのには興味がないが……」
「むしろもっとやばいほうかもしれない」
もちろんこういうやり取りはかせくり氏がちゃんと距離をわきまえているというかわかってくれている人間だからこそできるものだ。いきなり見知らぬ人にこれをされたら普通にわたしだってブロックします。
「いや、今作は今までの要素をかなりしっかりと洗練させてきて良いんだよ。Logisticaシリーズの最高傑作かもしれん……」
「そこまでなんですね」
「あるいは4があまり面白くなかったから相対的にそう思えるだけかもしれないが」
「……あれ、それなりに遊んでませんでしたっけ?」
「5桁時間も遊んでないぞ」
ちょっと手を振ってガジェットリストの中から電卓を起動。一日十時間遊んだとして三年……。
「もちろん放置してプレイしていたりすることもあるからな」
「それでも多いですって」
「おそらく今回はそれを超える……MODの開発も進めたいしWikiの編集もしたい、やることが多いぜ……」
「で、やることの一つが布教動画作りですか」
フリーの合成音声と編集ソフトで作られた「ゆっくり」と呼ばれたジャンルだ。この流れで培われた各種のフォーマットは時折闇のインターネットと混じり合いながら今でも生き続けている。
「俺の世代にはこういうものが刺さるからな」
「老人ですか?」
「まだ俺はアラサーだよ……言わせるな……」
若さというのが無自覚に人を傷つけることがあるのだ、とわたしは学んだ。
「楽しそうに話しているじゃないか、二人とも」
カウンターの奥から言うのは我らがチーフ。
「Logistica Vをしようって言われていたんですよ」
「あのシリーズのおかげで兵站への理解も深まったなんて話があるぐらいだからな」
「チーフ、今どきそういう事を言うと色々面倒なことになるんだよ」
かせくり氏は悲しそうに首を振る。
「……すまない」
チーフが申し訳無さそうに頭を小さく下げた。
「どういう事ですか?」
僕の質問に、二人は少し間を開ける。
「……東亜・南海戦争を知らない世代、か」
呟くように言うのはかせくり氏。
「知らないわけではないですよ、小学生入るか入らないかぐらいのときでスーパーから物が無くなったのは覚えています」
わたしの言葉にかせくり氏はまたダメージを受けているようだ。これについてはもうどうしようもないだろ。
「俺の世代はちょうど卒業と就職活動で当たったんだ。経済も混乱したし、政治のほうは特措法が通る通らないで揉めて終戦後には与党の爆発四散と小党分立。俺が職にありつけたのは奇跡に近いね」
「あんたがそんな苦労したとはね」
チーフが言う。ええと終わった頃にはわたしは九歳だったかな。大昔だ。
「ただ、まだ残っているものはある。安易に兵站という便利に見える言葉を使って全てを理解したようになる人も多い。あの戦争は……特に我が国にとっては一世紀ぶりの兵站的成功を成し遂げたものだったが、そもそも起こらないに越したことはなかったんだ」
煙草でも持っていたのであれば、かせくり氏はそれに火をつけていたかもしれない。今どき煙草を吸う人は少なくなってきているので古い漫画とかのイメージで語っているだけだが。
「そんなしたり顔で語るもんじゃないよ、あんただってその時は学生かひよっこじゃないか」
「……そうだな、そうだ。すまない二人とも、面倒なことを言ってしまって」
政治と宗教と何かの話は避けろ、というのは最後の部分を入れ替えながら使われ続ける金言だ。距離感を間違えがちなVR民にとって、こういうのをきちんと冷静に話すのは難しい。わたしは特に強い思想はないが、そういう話を振られると正直辛い。相手と意見が衝突するならなおさらだろう。
少しだけ、僕は口を開こうとしてしまうが閉じる。チーフは振る舞いからしてかせくり氏よりも歳上な気がする。いやそもそも年齢とかがわからない人だけど、それならそういう人から見て僕の子供時代に相当する時期について独自の意見を持っているんじゃないか、とか。でもわざわざ聞くほどのことでもないだろう。
「それでソニドリさん、せめてウィッシュリストにでも入れておいて欲しいんだが」
「買いましたよ」
僕はそう言って手元のウェブブラウザの開示設定をパブリックに切り替えて画面を回す。別にそこまで無茶な値段でもない。個人的に使えるお金から払う分には問題ない範囲だ。
「……いいのかい?」
散々買え買え言っておいて実際に買ったらこの反応なのは腹が立たなくもないが、そもそも期待していなかったところにいきなり情報が入ってくると処理が間に合わないというのはよくあることだ。
「ええ、いつもお世話になっていますしね」
あとは紹介動画がちゃんと面白くて気になったというのもある。
「ならマルチプレイができるから、後ろで見させてくれないか?」
「かせくり、口を出すんじゃないよ?」
「……努力する」
「他の人がゲームやっているのを見るの、楽しいですからね」
そういえばゲームと言えば前に概念同化機構さんに教えたSWARMだが結構楽しんでいるらしい。あまり息抜き以上にのめり込むものではないと思うが、あの人は全体的に勘というのかVR空間での動きがいい気がするので上手くいくと悪くないスコアを取れるのかもしれない。ただ、楽しめる範囲に留めるのがゲームのコツだと個人的には思っているので熱中しすぎているようなら今度声をかけてあげよう。