セミダイブ!   作:小沼高希

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栩栩然として学生也 2

「二人って知り合いなの?」

 

荷物を持って食堂に行こうとした所にいきなり元気な声をかけられて、僕は相手が誰かをまず確認した。授業開始の時に通路を塞いでいた人で──喉元と指先を見るにたぶん女性。それを隠すような格好ではないから、ファッションとしての男装か、あるいは純粋にユニセックスな格好で男性寄りだと僕が勝手にバイアスかけていただけか。

 

で、二人ってことは一人は僕だとしてももう一人いるはず、と隣を見る。授業終わりで人が去りつつある以上にもともと前の方の席に座る人がいなかったので、周囲にいるのは長机を共有している隣の席の人のみ。

 

「いいえ」

 

こちらのほうの女性は落ち着いたよく通る声だった。僕と問いかけてきた相手を見て、視線が画面に戻った。忙しいな。

 

「何か御用でしょうか?」

 

「いや、ごめんね。前の方で真面目に二人で聞いていたから、友達とかなのかなって。違ったんだ」

 

「ええ」

 

画面から目も上げられずに簡潔に冷たく返されている。少し可哀想になってきたな。

 

「どこの学科なの?」

 

助け舟というわけではないが、声をかけてみる。

 

「ウチは拡張現実ってとこ」

 

予想とは違うところが来た。拡張現実学科、ね。情報科学部にそんなのあったかな。

 

「情報芸術学部の人?この授業は一応開講対象が情報科学部だけど」

 

少し興味が湧いたような声がした。他の所からわざわざ履修するような授業かなこれ。

 

「楽単だって聞いたから来た」

 

胸を張って言うべきことじゃないだろ。いやでも積極性があるという点では悪くはないのか?

 

「……私は綾部(アヤベ)アキ。木偏に杉って書いて(アキ)って読む」

 

そう言って眼鏡の彼女──アキさんはノートパソコンを僕たちに向けた。ちゃんとわかりやすく大きなフォントで表示してくれている。そうして彼女は手を質問者の方に差し出した。

 

「……よろしく、ウチはユミナ」

 

ペースを崩されてしまったのか、ユミナさんはおそるおそるといった手つきでアキさんと握手をした。こういう初対面で握手をするのを見たのは現実では初めてかもしれない。VR空間では結構するけどさ。

 

「どういう字?あと名字は?」

 

「弓道の弓に、風がないって意味の(なぎ)……って言ってわかる?苗字はタカクワ。高いに、(かいこ)が食べる桑」

 

「少し待って」

 

キーボードが撫でるように叩かれてアキさんの名前の下に打ち込まれる高桑(タカクワ)弓凪(ユミナ)。なるほどね。

 

「それで、あなたは?」

 

アキさんはユミナさんから離した手をこちらに向ける。

 

「……僕?」

 

「うん」

 

「さんずいの方の(かわ)、図形の(へん)で河辺。名前はミドリ。羽の下に卒業の卒……」

 

「熟語では?何かある?」

 

右手で僕と握手をしているアキさんはキーボードを器用に左手だけで打っている。

 

「翡翠のスイ。緑色の宝石の……」

 

「わかった、これでいい?」

 

アキさんは僕の方に画面を回して手を離した。あったかかったな。確認して、頷く。

 

「わかった。高桑さんと、河辺さんね」

 

「ウチのことは名前でいいよ」

 

「ならユミナさんと、河辺さんね」

 

満足したように彼女は言って、ノートパソコンを閉じた。

 

「いや待って。聞きたいことがあってさ」

 

主導権を奪われていたユミナさんがやっと戻ってきた。そうだそうだ、もともと何かあって僕たちに声をかけてきたんだよな。

 

「何?」

 

冷たい言い方だが、別に彼女としては敵意を込めているとかいうわけじゃないのだろう。愛想を込めて話すというのは大変だし、僕だっていつでもできるわけじゃない。

 

「……あのさ、今日の授業よくわからないところが多かったから教えてほしくて」

 

「二時間目はなにか履修している?」

 

「ウチ?してないよ」

 

「河辺さんは?」

 

いきなり名字を呼ばれて僕はちょっとびっくりした。

 

「僕もないよ」

 

「ならどこかでゆっくり話をしましょう。ここは間もなく次の授業で使われるから」

 

「えっもうそんな時間?」

 

騒ぐユミナさんを横に僕はXR端末に指を当ててスイスメニューと呼ばれる形式の設定画面を開く。毎回思うけどこの扇形に開くような形をスイスアーミーナイフに例えるのってセンスがいいよね。

 

時刻は10時42分。確かに気がつけば周りに次の授業の人らしい方々が集まっている。そういう形で僕たちは部屋を出たわけだ。

 

「ところでなんで二人とも前の方で聞いてたの?」

 

軽いユミナさんの声が隣から聞こえる。声からすると女性だって考えていいのだろうけど、人間の声なんて信用できないからな。訓練でどうにでもなることは僕がよく知っている。

 

「……私からすれば、わざわざ後ろに行く意味がわからない」

 

アキさんは先導して歩きながら答えた。

 

「僕も前のほうが質問しやすいように思うから、できるだけそうしている」

 

そう言ってから、これはアキさんに引っ張られてちょっとユミナさんを批判するような物言いになってしまったんじゃないかと少し心配になる。

 

「やっぱり、二人に頼ってよかった」

 

嬉しそうなユミナさん。よかった、問題はなかったようで。それはそうと負担を他人にかけている自覚はあるのだろうか。いや助け合いが嫌いなわけじゃないし、僕も相手に頼る時は頼るのであまりそういうこと思いたくないんですが。

 

「……ところでえーっと、高桑さんって朝に僕が来た時に色々話してたよね」

 

「ユミナって呼んでよ。ああそうだった、ごめん、あれはウチが完全に悪い」

 

素直に謝れるというのはとてもいいことだ。好感度が上がる一方で、自分がどこまでちゃんとそういうふうに頭を下げられるかが不安になって自己嫌悪になるがこれってお腹空いているからだな。感情がふらふらするのは不健康の証拠だ。

 

「ああいう人達に聞けばいいんじゃないの?」

 

他学部の人とでも話せるぐらいの人だ。それぐらいは容易だろうに。

 

「その人達から紹介されたんだよ。アキ……さんがさ、勉強が凄いできるって」

 

「間違いなく、誤解だよ」

 

アキさんは足を止めて、僕達に振り返った。

 

「私は確かに少しだけそういう分野が得意だけど、誰かに教えられるかも怪しいぐらいだよ」

 

「……こう言ってるけど、たぶん大丈夫だと思うよ」

 

僕はユミナさんに耳打ちしておく。さっき授業中に見ていた数式混じりの英語の文書は僕が何を言っているのかすら、記号ですらわからなかった代物だ。僕だって偏微分だのブラケットだのは知っているが、それよりもたぶんもっと複雑なものだった。

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