「っとまあ、ひとまずはこんなところだ」
かせくり氏から一通りの説明を受け終えた時、「Logistica V」をプレイしているわたしの前には基本的な衣類生産のサプライチェーンが完成していた。綿を港から入れて、糸と布に加工して輸出するシンプルな工場のはずなのだがかなり調整する物が多くて驚いた。
工場に機械をどう配置するかでコストや生産効率が変わるところまで再現する必要があったのかは謎だが、パズルのようでなかなか面白かった。しかしこの後染料とか縫製とかに進むこともできるし、まだ触っていない分野もある。今回は資金に余裕があるモードだったが、そうでなければ出資を募る必要もあるだろう。
「結構時間使いますね……」
「イージーモードでこれだからな、設定をManiacal Realistに変更した場合はさらに酷いことになる」
「どうなるんです?」
「今回設置した各種機械の設計から可能となるほか、物品の品質管理も絡んでくる。正直俺としてはこのモードを楽しめるやつは実際の仕事についたほうがよっぽど有意義だと思うんだがな……」
「サバイバル系のゲームが得意でも兵士になったほうが有意義とは限らないのでは?」
「それもそうだな、俺も仕事のし過ぎで疲れていたようだ」
「そんなに仕事をする時間があったとは思えないのですが……」
まだ発売から一週間ぐらいしか経っていないが、もうプレイ時間が100時間を超えている。これをやりながらバグの報告を作ったり布教動画を作っていたのだから、体力と気力が恐ろしい事になっているに違いない。
「確かに少し睡眠を削りすぎているな、もう歳だし昼の仮眠を入れないと身体が持たん」
「……いい職場ですね」
「確かに暇な時は暇なんだがな。俺は五月いっぱいは面倒な予定が入らないように半年前から調整した」
かせくり氏の話に感心しながら、やはりこういう自分とは違う領域に触れ合えることがVRというかインターネットの良さだな、としみじみ感じる。普通であればこういう社会人と話す機会というのは生まれない。
「っと、もうソニドリさんもいい時間じゃないか?」
「えっ」
メニューを展開するともう日付は変わっているどころか二時ぐらいになっていた。
「明日、授業……予定はあるのかい?」
「午後から少し。とはいえもう寝たほうがいいでしょうね」
「今夜もまたVR睡眠かい?」
「そうですね、Bar Panopticaの居心地はやはり良くて」
「チーフも凄い人だよな」
「本当に」
そんな話をしながら僕はゲームを保存し、かせくり氏とともにいつもの馴染んだ酒場へと戻って来る。
「おや、二人とも何やってるんだいこんな遅くまで」
そう言って顔を上げるのは
「そちらこそ、こんな時間に何をやっているんだ」
「昨日締め切りの案件があって土下座DMを送った、徹夜で仕上げる」
「……なるほど」
今どきはリマインダーシステムであるとかスケジュール管理補助ソフトなんかが溢れているが、それらは実は使用しないと使えないという非常に重大な欠点を抱えている。跳華さんみたいな熱中して何かを成し遂げるような人間が普段からそんなそれ以外のことに集中力を割く必要のあることをするのは難しいのだろう。
「どんな依頼なんですか?」
僕の質問に、跳華さんは少し悩んだ。悩む程度には秘密の契約ではないのだろう。依頼によっては作者の名前すら伏せられるときもあるし、あくまで神創作者に対する寄進とそれへのお礼という形を取っている場合もある。
「……少し面倒なドレスのデザインだよ、細かいレースのあたりのデザインをやってる」
「ああ、難しいですものね」
跳華さんのやり方は、いわゆる生成術師の手法をある程度取り入れている。もちろん、跳華さんは素の絵を描く能力もかなり高い。僕は描かないのであまり他人を評価できるとは思えないが、少なくとも綺麗なものだし、上手だと思う。
ただ、そこから跳華さんは少し工夫した方法で絵を作っている。自身の手癖を学習させたシステムを補助として、脳計測デバイスで描いているのだ。もちろん、一般的にはその手のデバイスはSF小説や映画に出てくるように想像していることをそのまま出力できるわけではない。
ただ、どこに視線が向いていて、どのような種類の違和感を持っているかは把握できるのだ。これを利用して絵の細かいところをやっていくのがいわゆる念写師という人々である、というのは嘘で僕は念写師を名乗る人を跳華さん以外知らない。
「見る?」
「見ます」
「俺はもう寝るからな、ソニドリさんもいいところで切り上げておきなよ」
「はーい」
そういうかせくり氏を見送って、僕は跳華さんの作業画面を見せてもらう。
「うわっ、細かいですね」
「これを三次元起こしするのもまた面倒だと思うんだが、それは私の仕事じゃないからな」
そう言って跳華さんは画面を縮小して一枚の絵を見せる。アバターを正面と裏側、そして横から見た三面図だ。とはいえドレスについては展開図のような形でデザインされている。
「どういう風になっているんですか?」
「元データも貰っているんだが、物理的には作れないようなものだよ」
「これだと実際にConligoでは使えないでしょうから、配信ですかね」
「プリセット投影を作っておくとかなり複雑な形状でも情報量を抑えて使えるがな」
チーフが僕の隣から跳華さんの画面を覗いていた。
「……チーフには駄目です」
そう言って跳華さんは画面の共有モードを変えてぼかしてしまう。
「そんなことを言わなくてもいいじゃないか」
「クリエイターとして上位の存在に対してはちょっと手札を見せたくないんです」
跳華さんはチーフの技術をよく知っている人だ。僕はあくまでVR空間の演出という側面からしか理解できないが、跳華さんはもっと深いところまで見ることができる。曰く、念写師に必要なのは自分の持った違和感をきちんと脳の中で形にできることだ、と。そのためには観察眼と言語化とまでは行かないまでも芸術に対する理解が必要なのだ。その分野においては、跳華さんよりもチーフが勝っているという。
「……そうかい」
「チーフも脳計測デバイスに慣れましょうよ、そうしたらもっと高速で」
「あたしがそういうものの存在を知らないと思うかい?」
そう言って跳華さんの言葉に微笑むチーフからは、そういうものを使わずにあのような速度で物を作っているのか、あるいは僕や跳華さん以上に使いこなしているのかのどちらであるのかは読み取れなかった。