「ええと、検索画面は……」
大学図書館に行き、昔ながらのディスプレイの前に座る。検索画面にアキさんの名前を入れるが、検索にヒットするものはない。色々入力を変えてみてもうまく行かないので、設定を改めて確認していく。
「……本文検索はできないのかな」
そうやってしばらくカタカタと挑戦して、なんとか目標のものを発見した。英語がずらっとならび、ところどころ数式とコードが書かれているオンライン論文だ。
ためらいなく自動翻訳を起動。タイトルは……何を言っているのか全然わからない。量子アルゴリズムに関係していそうなことは読んでいてかろうじてわかった。目が滑るのでちょっとズルをしよう。
こういう論文を読むのに特化した要約AIサービスが確か大学の契約している
『この論文は2047年6月に発表されたもので、今まで量子アルゴリズムにすることができなかったロンド構造化問題の実装可能性について論じるものです──』
出力されたもののレベルをまた別のやつに処理させることで高校生レベルにまで調整して、やっとなんとか理解できる単語がちらほらと出てくるようにする。ええと、なんか難しい問題があって、それを解く方法としてVanags-Ayabe Exchange Rondo Structuring Algorithm(VAERSA)というものが便利だぞって話になってる。えっ
『Ayabeさんについて教えて』
対象となる論文を指定して僕が要求を入力すると、しばらくしてからいろいろな情報が出てくる。論文の参考資料にしているところのページから辿って色々と見ているようだ。こういうふうに辿っていくと僕はたいてい他のことに気を取られてしまうので、目標を忘れない人工知能はすごいといつも尊敬する。なんでこういうところは人間に似ないようにできるんだろう。
Ayabe Aki。誕生日から逆算すれば現在18歳。僕でも名前を知っている通信制高校所属となっているが、たぶんこれは更新されていないだけ。世界最大級の量子アルゴリズムコンテスト、Algoritmi-Qの常連参加者。最高記録は2047年4月にあった大会での世界17位。
「……これって、すごいのでは?」
思わず口にして周囲を見渡すが、幸い誰もいなかった。よかった、図書館では静かにしないと。
世界ランカーという言葉は、僕にとって決して遠いものではない。例えばあの自動化が好きなかせくり氏は少しマイナーなゲームの高速クリアで世界記録を持っている。挑戦者がそもそも少ないし、かせくり氏が記録を持っているレギュレーションはかなり変態的なものなのでさらに挑戦者が少ないというのもある。
それはそれとして、やはりそういう分野を見つけて、挑戦して、何か形を残すというのはとても難しい。誰か一人に刺さるようなことをするのでも大変なのだ。僕は一応、条件が揃えばその域に行くことはできると自負しているが。
それに、Algoritmiといえば僕だって名前を知っているコンテストだ。その中でも量子プログラミングに特化したものらしい。一応Algoritmiは中学生や高校生でも世界ランキング上位になれるが、これは問題が簡単というわけではなく人間離れした存在は世代を問わず存在するというだけです。
アキさんが関わったというVAERSA、Vanags-Ayabe交換ロンド構造化アルゴリズムというものについても調べていく。アイデアは単純……らしい。よく知られている二つの手法と、それよりは少しマイナーだが最適化としては2020年ぐらいから使われている方法を組み合わせて問題を整理して解きやすい形にしていくものらしい。もともとのロンド構造化問題について聞いたところ、数十行の添字がたっぷりついた数式を吐き出されたので何も見なかったことにした。
これによって今まで解けなかった問題が解けるようになった、というほどではない。もともとのロンド構造化問題を完全に計算できるようになった、というよりは簡単に解くような問題に変換できるかどうかを判定して、もしできないならそれは別の、もう少し面倒で時間がかかる手法をぶつけるというのは綾部さんが初めてやった方法らしい。そして変換の手法を見つけたのがVanagsさん、と。こっちのほうは探してもあまり情報が出てこなかった。論文を見る限り、SNSのID名らしい。
「……えっもうこんな時間?」
画面に表示されている時刻を見ると、16時15分に授業が終わったはずなのに二時間半ぐらいここにいたことになる。ええとここが閉まるのって何時だっけ。20時とかかな。僕はまだ経験がないけど、難しいレポートの場合なんかは古い紙の本を机に積み上げて夜中まで作業をするということもあるそうだ。
ただ、今日の僕は結構満足していた。顔なじみの人がかなりすごい人で、僕にはわからないようなことをやっているけど、それについて少しだけ理解できた、というのは嬉しい。今度そういう話を少ししてみたいな、とも思うがどこまで自分がついていけるかもわからないのでそうする勇気が出るかどうかはまた別の問題だ。
しかしそう考えると、VRとかに詳しい空気があったり先輩たちに名前が知られているのもおかしくはないのか。総合選抜を通るわけである。
少しだけ気になったのでXR端末をかけ、もし僕がこのVAERSAというアルゴリズムを理解するとしたどういう勉強が必要かを今までの議論データと一緒に僕の個人情報を色々と握っているAIに聞いてみる。成績とか課題とかを知っているので、僕の水準に合わせたところから分析しているはずだ。
かなりたっぷりと待たされた結果、僕の前にはずらりとした身長ぐらいの長さになっているリストが現れた。上の方でもう隠れ部分群問題とかいう聞いたことがない概念がでてきているし、下の方になるとまだ日本語で適切な訳語がないのか英語まみれになっている。
「……なにかあったら、アキさんに聞いてみたらたぶんプログラミングでは確実だよな」
そう思い、僕はXR端末をケースに戻して鞄を持ち、自分のアパートで晩ごはんを食べるべく席を立った。