「……それは、探せばわかることだけどね」
まいどおなじみ火曜日の食堂。僕があのアルゴリズムの話を出すと、アキさんはため息を吐いて言った。
「どういうこと?」
不思議そうなユミナさん。
「別に本名で活動している以上、検索すれば私が何をやったかは出てくるのよ。あのarXivに掲載されてた論文だってそう」
「あーかいぶ?」
きょとんとしたユミナさん。あざとさを感じるわけではないのだが、この不思議そうな、それでも興味を持っているような言い方ができるのはかなり強いと思う。ついつい色々話したくなってしまう。
「アキさん、すこし話すレベルを調整してもらえる?」
僕の言葉に、アキさんは少し悩ましそうな顔をした。
「……私はAlgoritmi-Qというプログラミングコンテストに参加してたの」
「プログラミングコンテストって、何で競うの?誰か審判がいて、このプログラムはかっこいいとか、そういうことするの?」
ユミナさんの口ぶりからすると、芸術系のコンテストをイメージしているようだ。確かにそういう側面がないわけじゃないけどさ。
「ううん、基本的には速度と正確さ。少し待って」
アキさんはノートパソコンを取り出し、少し操作する。
「例えば、こういう問題が出る」
アキさんの指がキーボードに触れると、画面に写っていた問題は英語から日本語に変換される。
「ええと、多重配列アライメントの最適化……?」
「鍵でたとえるのが、一番しっくりくるかもしれない」
アキさんはそう言って、キーホルダーを取り出して鍵を見せた。
「鍵と鍵穴は対応している。でも、ここですこし雑に作られた鍵穴を考える。鍵の凹凸のパターンとかが一致しなくても開くけど、できるだけ一致していたほうがいい。ここまでは?」
頷く僕とユミナさん。
「今、あなたの前にはいっぱい鍵穴があって、そのどれもにうまくはまるような鍵を作りたい。どういう形に鍵を作ればいいか、というのがこの問題の趣旨」
「……ねえ、鍵穴って、普通は一つの鍵にしか開かないんだよね」
「そう」
「だから、たぶんそれぞれの、問題で言ってるような鍵穴っていうのは適切な鍵があるよね、合鍵、っていうか……」
ユミナさんは、こうやって見るとあの社交的で軽薄で授業を怠けることも珍しくないような人とは印象が変わる。
「……続けて?」
アキさんの顔がわかりやすくワクワクしたものになる。
「だからさ、全部の鍵穴に対応する鍵を用意して、それぞれを全部の鍵穴に入れて……ってすれば、当たりの鍵が見つかるんじゃない?」
「最初に試すheuristic……ええと、雑だけど素早い方法、でいい?」
難しい言葉を使うなという僕の圧に気がついたのか、アキさんは言い換えた上で僕の方を見る。頷く僕。というかユミナさんにそういうのは確認しなよ。
「そういうものとしてやるなら、悪くないよ」
「……でも、ウチなんかが考えるような単純な方法で解けるほど簡単じゃないんでしょ?」
「そう。この問題はまともに計算したら……そうね、大学のスーパーコンピューターを持ってこなくちゃいけないぐらいの問題。でも、量子コンピューターを使えば数秒で解けるようになる」
「すごい。……あれ、大学にスーパーコンピューターってあるの?」
「SAKURAっていうのがあるよ」
確かなにかのバクロニムだったはずだ。こういうしょうもないことに頭脳を割いているのは果たして適切なのかと思うときもある。
「ああいうネーミング、本当に安直なものが多いわよね……」
僕の言葉に呆れて返すアキさん。これについては僕も同意だ。
「なんであるの?」
良い質問をするというのは、下手すればいい解答をする以上に難しい。ユミナさんは、たぶん相当な聞き上手だ。これを自然体でやっているのか、あるいは何かで学んでやっているのかはわからないけど、わからないぐらいには慣れているように見える。
「それが重要な点で、どんな問題でも量子コンピューターで解くことができるわけじゃないの。最近になって色々範囲は広がっているけど、それでも解ける問題は少ない」
「……リニアみたいな感じ?」
「特定の線路の上ではすごい速いけど、そこから外れると全く動けないみたいな意味でなら近い」
「それじゃあ、やっぱり普通のコンピューターも必要なんだ……」
「納得できた?」
「うん!アキさんって本当にこういう話するの上手だね」
「……ありがとう。で、ミドリさんはどうしたの?」
「いや、怖いなって……」
「私が?」
眉間に皺をよせて言うアキさん。
「……両方とも。ユミナさんがちゃんと自分の理解が正しいかどうかすぐ確認してきてて、そういう聞き上手なのかなって」
「ミドリちゃん、ウチってそんな特別な事してる?」
ぶんぶんと首を縦に振る僕。一応はオンライン上とはいえいろいろな人の話を聞いたり秘密の相談に乗られたりしたのだ。もちろんどこまで本当でどこまで嘘かはわからないし、今にして思えば騙しのための話もあったのではないかと思えるが。
それだけの関係があって、正直僕の話すスキルというのはそこまで強いものではないと思っている。会話補助とかにささえられて、いい感じの空気の漂うワールドで初めてなんとかなる、というレベルだ。
「……ええとアキさん!話戻してもらえる?ええとあーかいぶ、だっけ。それって何なの?」
「昔解いた問題で使ったアルゴリズムを見た人が面白いって思って、そういう論文みたいなものを投稿するarXivってサイトにまとめたの」
アキさんは僕たちにページを見せるが、僕はそれがブックマークされていることにちゃんと気がついた。たぶん嬉しかったんだろうね。
「転載みたいなことってあるんだね」
「……まあ、ね」
転載と言うと著作権とかが絡んでくるので、安易に同意はできないのだろう。僕はそういうコミュニティに触れたことがあるし、アキさんは研究者倫理とかなんかそういうものの繋がりで知ったのだろう。ユミナさんは、ほとんどの社会の人と同じようにそこらへんの認識がふわふわなままでいるらしい。それが悪いとは思えないのは、定期的に怒りと混乱の巻き起こるコミュニティを遠くからとはいえ見ているからかな。
「それが少しだけ業界で話題になったから、調べれば私の名前が出てくるってだけ」
そう言って、アキさんは銀色のパッケージを剥いた栄養バーのブロックをかじった。