セミダイブ!   作:小沼高希

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素人は兵站を語り、玄人は思想を論ず 8

「相当難しい事やってない?」

 

色々と広げたノートに外したXR端末を置いて、僕は目を揉むようにする。あまりこういうことをやると目にダメージが入るらしいが、気持ちがいいのでしてしまう。

 

「私が五年以上やっていることを、そんな一時間にも満たない間に理解されたら困る」

 

「それはそうか」

 

改めてノートを見る。アキさんが使ったアルゴリズムを含めたVanags-Ayabe Exchange Rondo Structuring Algorithmについての話だ。

 

量子コンピュータが解けるような問題であるためには、量子の性質を活かすことのできるある種の構造(Structure)が必要だ。それを作れる形になるまで問題をちょっと特殊な方法で「手術(Surgery)」していって、解きにくい部分は「摘出(Extraction)」する。

 

あくまでイメージだけだけど、その過程をなんとか追うことができた気がする。なおユミナさんのほうは机に突っ伏して寝息を立てていた。

 

「……よく寝てるわね」

 

そう言ってアキさんの指がユミナさんの頬に伸び、もちりと軽く押してすっと戻る。動きがないあたり本当に寝てるんだな。

 

「疲れているのかも。大学生は夜ふかしをする生き物だから」

 

「……私はしないわよ」

 

「ないって本当にいい切れる?」

 

「……十一時ぐらいまで起きていることがあるし、コンテストとかあるともっと、ないわけじゃないけど」

 

「十一時は十分早いから、安心して。僕だって授業にぎりぎり間に合う時間にしか起きられないし」

 

僕は大学に入ってから高校時代より明らかに自堕落な生活になっていると思っている。社会人になったら今でもほとんどの職場は九時からとかなのに、大学で緩ませてしまっていいのだろうかと思わなくはない。

 

「……ユミナさんが寝ている間に、少し聞きたいことがあるんだけれども」

 

じっとアキさんが僕を見つめる。

 

「……うん」

 

「化粧ってなに使ってるの?」

 

「それはウチも聞きたい」

 

がばっと上体を起こすユミナさん。なんだ寝ていたんじゃないのか。ちなみにアキさんは驚いて縮こまっています。かわいそうに。

 

「……いいけど、どうして?」

 

「ミドリさんの化粧って、アキさんのとはまた違うのよね。たぶん特徴を出すところと削るところ、みたいなものをうまく調整しているんでしょうけど……」

 

「まあ、そういうところはあるよ」

 

顔の形とか、目や眉の位置関係とか。ある種の錯覚にも似ている。それを調整すれば人間というのは結構印象が変わるし、印象は相手に向ける態度となってかなり直接的に現れてしまうのだ。

 

「ウチは例えばかっこいいってなるようにしてるのはわかる?」

 

ユミナさんが言う。頷く僕とアキさん。

 

「そういう意味では、ウチとミドリくんは正反対のことをしてる。なに、アキちゃんも可愛くなりたいの?」

 

ニヤニヤとまでは行かないけど、ちょっとわくわくしたようなユミナさんの表情。たしかに自分が少し得意だと思っている分野に誰かが入ってこようとするのはいいものですよね。さっきまでアキさんもそういう顔してました。

 

「……少し、イベントに出ることになって。あまり化粧をしたことがないから、そういうのもミドリさんやアキさんから聞けるんじゃないかと思って」

 

「ウチは構わないけど、ミドリちゃんは?」

 

「僕もいいよ、けど基本はプロに頼んだほうがいいだろうし……高校でそういうの、やらなかったんだっけ、ってちょっとごめん、口が滑った」

 

謝る僕と、よくわからなさそうな二人。

 

「……ミドリさん。私は怒るつもりや非難するつもりはない。ただ純粋に、好奇心と今後の関係をより良いものにするため、あなたがどう考えて、どうして発言を取り消そうとしたか知りたいの」

 

「……僕の高校では授業で化粧の話が出たけど、通信制のところだとそういうわけじゃないかもしれないってところまで考えが追いついてなくって」

 

「ああ、そんなこと。でも学校それぞれでしょ?たしかに私のところはなかったけど。ユミナさんは?」

 

「ちょこっとだけ、保健体育の授業でやったなぁ……」

 

「僕の場合は総合の時間にどこかの化粧品会社の人が来て説明してくれた」

 

「いいなぁ。ウチは保健の先生だよ」

 

拗ねたように言うユミナさん。ここらへんはやはりまだ足並みが揃っていない感じだ。だって二十年か三十年か前までは、男性の化粧というのもほとんどなかったわけだし。

 

「……そういうのがあるのね。知らなかった」

 

「似合う色とかって人それぞれだし、結局は自分が楽しくなるようにするのが一番だから」

 

ユミナさんの言葉に僕は頷く。楽しい、というのは僕の場合少し異なるが。なんていうか、化粧をすることで初めて自分を許せるというのに近い。たぶんユミナさんはゼロに近いものをプラスにするのが化粧だけど、僕の場合はマイナスというか偏っている状態にあるものをゼロにするのが化粧に近い、というか。

 

「……そうね」

 

「ところで、どこに行くの?」

 

ユミナさんが聞く。僕の想像するイベントとなると技術展示会とか同人誌即売会とか、そういうタイプのイベントだが、多分違うんだろうな。

 

「学会に行く」

 

「……学会って、あの発表したりするところ?」

 

ユミナさんもちゃんと知っているんだ。僕は一応発表ではなく懇親会がメインのイベントであることを知っています。大学入ったら行ってみるといいっていうのは結構色々な人が言っていた。

 

「そう」

 

アキさんはさらりと答える。

 

「なにしに行くの?ウチそういうのあまり知らなくて……」

 

「私も知らない。ただ、知り合いが口頭発表をするからそれを見に行くだけ」

 

口頭発表。スライドを使って発表するようなやつだ。今どきは中学生でもそういうことをやらされるので苦手意識を持っている人も強い。昔はそもそも慣れないので苦手意識を持っている人が多かったというが、結局は一定割合の人が不特定多数の人の前で話すのが怖いんじゃないかと思う。

 

「すごい知り合いがいるんだね……」

 

「この大学の先生だけどね」

 

「そりゃ大学教員ならそういうところ行くのが仕事の一環だからそうなるか」

 

そう言って僕は少し考える。この口ぶりからすると大学に入る前から知っていたとかになるのかな。高校生の頃に論文に名前が載るならそういう繋がりがあることはおかしくないし、むしろ納得できるぐらいだが。

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