セミダイブ!   作:小沼高希

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素人は兵站を語り、玄人は思想を論ず 9

並ぶパイプ。繋がれた流通網。ゲーム開始から半世紀、Kingfisher(カワセミ)商会は繊維業から販路を広げ、金属加工品や食品を含む様々な商品を大陸市場に供給するようになっていた。

 

「ほう……」

 

かせくり氏の尾がゆっくりと揺れている。これはそういうモーションを仕込んでいるのか、あるいはなんかの発言とか行動で検出される感情値が閾値を超えたらこういうふうになるのか、たぶんどちらかだ。

 

「どうですか?」

 

「……俺はこのゲームを楽しんでくれる新参者がいれば、それで嬉しいんだ。口を開くと効率だの改善などを言いそうになるからな」

 

「わかりますけどね、手探りの初心者にちょうどいい具合のアドバイスとかできないんですか?」

 

「無茶を言うなよソニドリさん……」

 

そう言いながら、かせくり氏はミニチュアに見える工場を見ていく。このLogisticaというゲームは世界を拡大あるいは縮小させることができる。一番拡大したスケールだと現実の二倍ぐらいまで、縮小するとセシル・ローズよろしく大陸を文字通り股にかけることができるようになる。

 

ただ、このスケール変化がまた上手なのだ。普通に倍率を調整するだけだと建物は見えないし、地形の凹凸がのっぺりとしてしまう。それがちょうどよく、かつシームレスに変化してくのは細かなストレスを感じさせず、かつ必要な情報をすぐに手に取れるようにするという意味でよく練られているデザインだと思う。

 

今のスケールは、人の大きさがだいたい指の長さぐらいになったものだ。手のひらに工場の機械が乗り、少し歩けば工場を一望できる。かせくり氏が言うには、これが一番他人の設計を見るのにはいいらしい。

 

「……生産品同士のシナジーを考えるべきかもな」

 

「どういう事ですか?」

 

かせくり氏は答えるかわりに、工場のそばにある資源搬入用の港の方に歩いていく。

 

「例えば、機械部品と一括で扱われている場合よりもより下位の分類の製品を生産したほうが効率値と市場名声が貯まるのはいいか?」

 

「でも、それだけ細かく何が今の売れ筋かを確認する必要がありますよね」

 

「そうだ。ただ、工場に製造機械を多く運用する場合には部品を消耗する。こういう部品であればある程度の需要が見込めるわけだ。ソニドリさんの規模で経営しているのであれば、部品工場の一部を修理部品に特化させてもいいだろう」

 

「そういうものもあるんですね……」

 

「詳しいことは一部の実況者が考察しているが……汚い動画なんだよな」

 

「……闇のインターネット?」

 

「そういうことだ」

 

世の中には真っ当に語るべきではないというジャンルが存在する。喜劇戯曲のタイトル、新興宗教の内部ビデオ、弁護士、大物芸能人、自主制作アニメーション、ビデオゲーム、地名、果ては数字に至るまで諸々。かつて東亜・南海戦争においてインターネットが思想戦の舞台となっていた時代には、このような分野の知識がなければ嘘情報に飲まれてしまうことも珍しくなかった。

 

「今どきあそこまでの意欲を持った厨がいるとは思わなかったが、内容自体がきちんとされているから余計手に負えないんだよな……」

 

「倫理フィルターを破ってるんですか」

 

「違法なものも混じっているからな、ソニドリさんはそちらに踏み込みすぎないほうがいい」

 

「わたしの世代ではそういうのを知っている人はまずいませんよ」

 

二十年とか三十年とか前、戦前のインターネットのドブのような部分。

 

「……それはいいことだ。俺の時代にはネットをまともに見るにはそういう知識が必要だったからな」

 

「そういう話を結構よく聞くんですが、実際はどういうものだったんですか?」

 

「……そうだな、ソニドリさんももう大人だ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「俺が成人だと確信できた、ってぐらいの意味だ。もし違うなら言ってくれ」

 

「……えっちな本が読める年齢ですよ、安心してください」

 

法律的には規制するものは一切なくなっているが、社会通念と条例に残る色々は残っている。とはいえインターネットを少し漁ればすぐに出てくる時代だ。昔は刑法175条というものがあったのだが、これは明星文化集団のロビー活動によって改正された。これに喝采を叫んだ層が根強い顧客となっているのは有名な話だ。

 

「なら、先にBar Panopticaに行っている。セーブしたら顔を出しにきてくれ」

 

「なぜあそこで?」

 

「あそこはチーフが持っているワールドだ。通信の安全性が高い」

 

「……そういうものですか」

 

そういうわけで、わたしも準備を終えたら少し遅れて馴染の酒場に行く。今日は人がいないようだ。

 

「チーフ、CIレベルを上げて貰えるか?」

 

「かせくり、何を話すかは知らないけど、ソニドリから苦情が来たらあんたをここからBANするからね」

 

「……わかってるよ」

 

かせくり氏が頷くと、一気に空間が重くなる気配がした。もちろん重力が強くなるとかそういう機能はないのだが、例えばワールドの微妙な動きがもっさりしているというか、処理が多くなったというか。

 

「これは?」

 

「チーフが昔作っていたという秘匿会話用の、Counterintelligence重視のワールド設定だ。行動分析もできないように、通信内容がスクランブルされた上で偽装移動データに変換される」

 

かせくり氏が説明してくれるが、実際の仕様については完全にわたしも理解できたわけではない。

 

「……かなり複雑なことやっていませんか?セキュリティ上はそこまでしなくても」

 

「防げるところは防いでおこうっていう思想だよ、昔のことさ」

 

そう言ってかせくり氏は椅子に座った。いつもの酒場のものではなく、もう少ししっかりとしたデザインのもの。二人で秘密の会話をするなら、こういう場所がふさわしいと思えるような空気。なるほど、空間デザインじたいも秘密の会合用に設定してるわけね。

 

周囲を見ると、さっきあった重さは薄れていた。そのかわりに照明や背景音が調整されているのがわかる。ここらへんは意識しないと変わったことすら気が付かないし、そこにどういう作成者の意図が込められているかまでを読み切るのは経験と知識が必要になる。ぼくはそのどちらも二流に過ぎないが。

 

「さて、じゃあ少し老人の昔話を聞いてもらおうか。昔、といっても十年も経ってないんだけれどもね」

 

そう言って、かせくり氏はわたしを見た。

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