セミダイブ!   作:小沼高希

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素人は兵站を語り、玄人は思想を論ず 10

かせくり氏はわたしより十歳ばかし年上の男性だという。こういう個人情報を明かすのはある意味では誠実さの現れだと言ってもいい。

 

「今では東亜・南海戦争、ああいや『紛争の十年』だったか?そう呼ばれている時代のことになる」

 

そう言ってわたし達の間に広げられるのは東アジアの地図。

 

「安保理の決裂、バーラト・パキスタン戦争、そして台湾侵攻。2035年というのは大騒ぎの年で、その頃に俺は高校生だった」

 

「わたしはまだ小学校入っていませんでしたよ」

 

「そういう年頃だろうな。で、俺は……インターネットにずっぷり浸かった子供時代を送ってきた。もともと親がそういう関係で出会った人だったのもあって、それを止めようとはされなかった。ただ、今思うと履歴とかは見られていたかもしれないがな」

 

かせくり氏はくっくっくと笑った。

 

「で、台湾島の第一次軍事攻撃の前からインターネット上では輿論戦ってやつが繰り広げられてた。フェイクニュースだの、あるいは人間の感情を逆撫でして特定の方向に思考を誘導するようなやつとか。ソニドリさんも見覚えあるだろう?」

 

「かなり気をつけないといけないやつですよね、ああいう広告とか文章とか見ると目をそらすようにしてますけど」

 

「当時はまだそういうものがあるってみんな認知していなかったから、かなり炎上したんだよ」

 

「その頃からインターネットは分断されていたと聞いていましたが、それでも炎上が起こったんですか?」

 

「ああ、燃え広がるように……というより、燃やそうとする人がいろいろなところにいたんだろうな。とはいえ、そういう人達の動機は気分を害されたとか、名誉とか尊厳とかを傷つけられたとか……ともかく、あれは人間に暴れる理由を与えてしまうように作られていたんだ」

 

「……ええ」

 

「そういう輿論戦を担っていたのは、おそらく向こうの市民だった。それが愛国心なのか周囲の圧力なのかはわからんがな。ただ、そんな彼らと俺ら……日本のインターネット利用者には共通の話題があった」

 

「闇のインターネット、ですか」

 

「そう。そのミーム性の幅広さと非倫理性から、それが含まれていることを口にすることがある種のタブーとなっていたわけだ。面白いことに、輿論戦を行っていた工作員──これはどの地域の人もそうなのだが──は、次第にそういうミームを混ぜるようになっていった」

 

「ミームが含まれているものだけが拡散された、とかではなくてですか?」

 

「それもあるだろうし、拡散されやすいと判断したからミームを混ぜ込んだのかもしれん。だが、そうすることで互いに攻撃をしながら繋がりを持つようになっていったわけだ」

 

「それで、ミームが含まれているのが向こうからの攻撃だとわかるようになった……」

 

「その頃には攻撃というよりメッセージみたいに受け取られていたがな。互いに国を背負って工作はするが、それはそれとしてインターネットの底辺同士の信頼感があったというか。そうだ、明星文化集団ってあるだろ?」

 

「戦後に色々合併してできたエンタメ企業ですよね」

 

アニメに漫画にゲームに小説、動画サイトにVR運営にネットニュースにグッズ販売、果てはクレジットカードに法律事務所、保険まで。創作者と消費者のためなら何でもやっているような企業だ。

 

「そう。あれが協力するようになったのは戦争中のネットワークがもとだったという話がある」

 

「なるほど……」

 

「そういう協力の中でも大きかったのが、俺が知る限りでは『魔王』の討伐だな」

 

「いきなり前世紀のファンタジーみたいなこと言い出した」

 

「2020年代にもちゃんとあったぞ!というのはともかく、これはある種の人工知能だな」

 

「AI?」

 

「そう。ただ、人間になり済ませるほどの能力を持ち、完全自律式で、クラウドサービスを渡り歩くように存在する」

 

「……待ってください、そんなものが2035年に?」

 

「ログ自体は2029年から残っていると聞いたことがあるな」

 

「今でもそういうものを作るのは無理だって言われてるんですよ?」

 

「ソニドリさん、国連人工知能条約の制定はいつだか知っているか?」

 

「……いいえ」

 

世界史は高校の時に必修だったので少しはやったが、現代史までは入ってこれなかった。この国連人工知能条約については最低限の知識はあるが、いつ作られたかまでは覚えていない。

 

「2032年。コーカサスの紛争激化の少しだけ前だ」

 

「……陰謀論じみた事になってきましたね。自律AIが生まれたから条約が作られたと?」

 

「そこまでは言わないさ。ただ、当時からリスクは認められていたというのは間違いないだろう」

 

人間の制御を離れられる自律AIの開発は色々と規制されている。それがもし実現した場合どうなるかは想像に難しくない。もし自らを破壊しようとする相手を敵と見做せば、相当な攻撃が当時の技術でも可能なはずだ。

 

「……続けてください。その人工知能、『魔王』でしたっけ?それが輿論戦をやっていたと?」

 

「あくまで俺は、そう聞いている。議論は『魔王』に聞かれないように全部匿名で、かつ会話内容すらオフラインの生成システムを噛ませて匿名化することをやっていたからな。誰と話していたのかもわからない」

 

「それだけ聞くと、秘密結社とかテロ組織みたいですね」

 

「実際そうだった。俺は当時高校生だったから見ていただけだったが、どうやらデータセンターをふっ飛ばしたり協力者を拘束したりなんてやっていたらしい。戦争の混乱で全部有耶無耶になったと聞いているが」

 

「……もしかせくり氏が相手でなければ、下手な陰謀論だとしか思えませんよ」

 

「おれも断言はできないさ。もしかしたらあれは全部一つのAIが俺に見せた青春の夢だったのかもしれん。それはソニドリさんも似たようなものだろ?」

 

少しだけ悩んでから頷く。僕にとって仮想世界はもう一つの現実だけど、そこにあるのはあくまで全て合成されたものだ。チーフもかせくり氏も、全部作り物の可能性だってある。いやチーフは能力を考えると人工知能であっても何もおかしくはないか。

 

「それは2038年に討たれた、と言われている。そして翌年には中華人民共和国で政変があって、あの戦争はうやむやに終わった。数万の戦死者は忘れ去られ、東亜・南海地域は政治学者のエリック・ブロンスタインが言う通り東亜州(イースタシア)として団結した──なんていうのが、俺ができる昔話だ」

 

かせくり氏はそう言って、いつの間にか机の上に置かれていた琥珀色の液体が入っていた小さなグラスを呷った。

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