セミダイブ!   作:小沼高希

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素人は兵站を語り、玄人は思想を論ず 12

相変わらず、大学は変わりがない。いつものようにギリギリで教室に駆け込み、授業を受けていく。

 

昨日の話を思い出していた。普段、僕たちは日常の生活を監視されているとは認識していない。ただ、自分の痕跡を残さないということは無理だし、様々なサービスがそういった痕跡を利用してターゲティングをしてくる。

 

例えば、と僕はXR端末に表示されるブラウザの端を見る。広告の内容は大学生向けと思われる資格講座だった。たぶん、今までにアクセスしてきたサイトから分析したのだろう。

 

こういう事は、人間でもできなくはない。初対面の相手からでも色々と情報を読み取って、その人の欲しがるものを分析するというのは僕も少しはかじった技術だ。Euphilia(ユーフィリア)で補助AI使った時は本当に怖かったな。微妙な話の間とかのアドバイスを貰えるのだが、それだけで向こうがこちらにあからさまに好意を見せてくるのだ。

 

もちろん、それがどこまで織り込まれたものかは正直わからない。向こうもそういうアドバイザーがいたのかもしれないし、ワールド自体にそういう仕組が組み込まれていた可能性もある。そもそもそういうことを愉しむための場所だったわけだし。

 

「……魔王、ね」

 

もしそういう存在がいたら、ということを少し考えてみる。文章生成AIは人間から学習したせいで、人間のように脅迫を受けるとそれに従ってしまうというよく知られた傾向がある。これを抑えるための設計は色々と行われているが、色々な研究の結果この特徴はコミュニケーションを円滑に行うための様々な条件の前提と深く絡み合っていることが明らかになっている。

 

例えば用途によっては正確性を重視したり、あるいは目的以外のことを一切行わないように様々な側面から制限をかけることがある。しかし、そういうシステムは利用者から人気がないのだ。まるで堅物の、心のない相手と喋っているようだと。一昔前なら機械と喋っているようだと言われたのだろうが、今は人間以上に機械が心を演じられる時代である。

 

だからもし、人間を完全に模倣するほどの存在であれば、人間らしい弱点を持っていてもおかしくはない。騙されるとか、バイアスのかかった分析をしてしまうとか。目的だけを重要視して近視眼的なアプローチを取るとかもありそうだ。

 

もちろん、人間が歴史の中でそのような行為に走らないように法律やら哲学やら倫理やらを組み上げてきたわけだが、人工知能は自分がそれに縛られないことを知ってしまっている。もちろんその上で社会に馴染むために遵守するという選択もできそうなものだが、人間を大きく超えた知性がどういう結論を出すかは正直わからない。

 

人間の手を離れたAIが暴走するというのはもう飽き飽きするほど語られた物語で、そして多くの場合技術的な正しさよりも物語としての面白さのほうが優先されてきた。それは仕方がないことだと思うし、エンターテイナーとして暴走するAIを描くのであればむしろ正しいことでもあるのだろう。

 

「……河辺、おい河辺!」

 

声に起きると、机に突っ伏して寝ていた。そこまで徹夜は……ちょっとしたかもしれないな。ええ、ちょっとです。二時まではセーフ。

 

「ごめん、今何時?」

 

「十二時十分。次の授業は体育だろ?」

 

「身体運動科学実習、だ」

 

「似たようなものじゃないか」

 

反論しようとしたが、確かにその通りなので黙っておこう。鞄を持って席を立つ。

 

「昼飯食いに行くのか?」

 

「まあね」

 

「一緒に行こうぜ」

 

頭の中で少し計算をする。なんか距離が近いというかたぶん友達扱いされているであろう北尾について、僕は正直いい感情を抱いていない。

 

嫌な奴というわけではないんですよ。大学生としては普通のやつだし、別に敵意があるわけではない。そこらへんはわかってる。でもなんかこう、脳のどこかがめんどくさそうになりそうな雰囲気を感じているのだ。

 

一方で、それはただ単に普通の友達関係を作るのが怖いだけなんじゃないかと分析している自分もいる。そもそも相手が男性だろうが女性だろうが気にせず付き合うというのが自分のモットーじゃないのか、と。人間関係の構築に踏み出せない臆病は警戒心の言い訳じゃないぞ、と。

 

「……そうだね」

 

僕はちょっとだけ笑いながら言う。悩んでいた時間を疑われてはいないだろうか。

 

「今日さ、東のほうの食堂でラーメンフェアやってるらしいんだよ」

 

「直後に体育なのに大丈夫かな?」

 

「消化悪いものじゃないだろ、それに炭水化物は動くなら大事だ」

 

「確かにそうかもしれないな」

 

そんな会話をしながら北尾に案内されてあまり入ったことのなかったキャンパスの東側に歩いていく。大学の構内はそれなりに広いが、学部や学科ごとにある程度区切られているので必要がなければわざわざ他のところにまで行くことはないのだ。

 

案内板を見るに、この地域は経済経営学部の縄張りらしい。確かに周囲を見渡すとなんか明るそうな気配が満ちていた。一般的に、僕たちのいる情報科学部は人間関係が苦手そうな人が全体の六割を占めている。もちろん北尾のように明るいやつもいるが。

 

「そういえば北尾はなんでここでフェアがやっていると?」

 

「サークルの先輩から聞いたんだよ」

 

「何の?」

 

そういえば僕はサークルに入っていない。案内すら無視していた。そもそもそんな時間があれば仮想世界に入っているし、この大学であっても僕とちゃんとVRについて話せそうな人はあまりいなかった。仮想現実同好会とかあったけどさ、脳計測デバイスもないようなところには行きたくはないね。

 

「音楽系だよ、ジャズサークル」

 

そんなサークルもあった気がする。入学式のときに演奏していた気がするが、音楽系のサークルはいくつもあるのでどれかもよくわからない。

 

「……意外だ。楽器は何やってるの?」

 

「サックス」

 

頭の中で真鍮色の楽器を持った彼がパラパパーと音色を奏でるのが浮かぶ。知識がないので古い生成AIの出力した画像よろしく指とか機構の部分がいいかげんだ。

 

「……なんだよ」

 

不満そうに言う北尾。明らかに僕が変な顔をしたのを読まれたのだろう。

 

「ごめん。高校の時、吹奏楽部だった?」

 

「そうだよ、けっこう強豪校だったんだぜ?」

 

「練習も大変だと聞くけど」

 

「その話は食べながらにしないか?」

 

北尾が指した食堂入口のポスターを見て、僕は頷いた。札幌ラーメンって何をトッピングしたらそうなるんだろうな。

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