Sky Net is rough, but nothing escapes it. 1
さて、休日に僕はのんびりと一日VRでもやろうかと思っていたのですよ。しかし金曜の夜に通知が届いた。急いで今までいたワールドから離れてパーソナルルームと呼ばれる自分だけの空間に行く。
『週末遊びに行かない?』
メッセージを送ってきたのはユミナさんだった。火曜の午前中に駄弁る会のメンバーその一である。
『その日が学会』
さくっと返信を送るのはアキさん。火曜の午前中に駄弁る会のメンバーその二。ああ、確かおめかししてどこかに行くとか言ってたな。なんでこういうのはちゃんと返信するんだろう。僕からのやつはすっかり忘れていたくせに。純粋にユミナさんのコミュニケーション能力が高いからだと考えよう。
『学会ってどこ行くの?』
『日本量子計算機学会。三田でやる』
『そっかー』
『学生は無料だし、今からでも申し込めるけど』
『ウチらが見て楽しめるものじゃないでしょ』
僕を置いて会話が進んでいく。そろそろなにか言わないとな。
『僕は暇だけど』
『ならウチはミドリちゃんとデート行ってくるね!』
『は?』
ユミナさんのちょっと過激な発言に対してアキさんから送られてきた二文字は、思わずハプトデバイスの不具合を疑う程度には僕の背筋をぞわりとさせた。
いや、ただ単に疑問を持っただけのはず。そうですよね、面倒な痴情のもつれに巻き込まれるのは嫌ですよ。そもそも僕相手にデートなんて言葉をサラッと使えるような人なんですから気にしないで、ということを書き込もうとしたが話の流れが止まっているのでどうしようもない。
『ごめん……アキさんの気持ちを考えてませんでした……』
たっぷり一分ほど待ったところ、ユミナさんが返信をした。
『私のいないところで楽しそうなことをされると腹が立つ』
『わかるけど、言い方が悪いと思うよ?』
『申し訳ありませんでした。先程のメッセージの内容は相手がどのように受け取るかの多義性が広い、不安を招くとともに不機嫌の表明によって相手に圧力をかける搾取的コミュニケーションでした』
僕のメッセージにアキさんが怒涛の勢いで謝罪をしている。まるで生成文章みたいだなと思ったが、そもそもいい文章というのは生成されたような雰囲気が漂ってしまうことがある。人間よりも人工知能が倫理的で誠実なら、倫理的で誠実に振る舞うと人工知能らしく見られるのと同じだ。まったく、悲しい時代になったものである。
『じゃあデートはまた来週にする?』
『そうして』
『じゃあ明日はミドリくんはどうする?』
『僕はVRで遊ぼうかと思っているけど』
そう打ち込んで送信してから、ちょっとこの言い方はまずかったなと思い始める。こんな事書くと僕がまるで一日中VR機材をつけて変な笑みを浮かべながらコントローラーを振り回している狂人みたいんじゃないですか。実際はベッドの上で寝た状態で念じることでどうにかしているもう少しヤバい人です。
『じゃあちょっとConligoだっけ?そこで見たいものがあるから付き合ってもらえる?』
ユミナさんの言葉に、僕は少し思考を回す。ConligoというのはVRでアクセスする空間のプラットフォームみたいなものだ。XRにも対応しているが、実世界のリンクについてはまた別のシステムのほうが得意だったりする。
『いいよ』
『詳しいことは通話したいから、それでいい?』
『お願い』
そう送った次の瞬間、着信音が響いてくる。びっくりした。
「ごめんねミドリちゃん、いきなりお願いして」
「Conligoに繋げられる奴あるの?」
「そもそもConligoとかよくわからなくて」
「アクセスはXR端末でもできなくはないけど……大学の機材使ったほうがいいと思う」
「大学でできるの?」
「前に行ったゲームセンターにあったやつみたいなものがある」
授業で使うコンピューター室の隣にあったやつだ。あくまで実験とか総合芸術学科でVRデザインやるような人向けのもので、借りるためにもちょっと許可が必要だが、たしか土曜日でも使えたはずだ。
「ならお金払って行かなくたっていいじゃん!」
「大学の機材でゲームすると普通に怒られるからね?一応Conligoに繋いでみるとかだったら学習体験として許可は下りるだろうけど……」
ここらへんは難しいところだ。例えばかせくり氏がやっている物流ゲームはちゃんと分析すれば最適化問題と呼ばれるジャンルの問題になるし、これについては確か過去作でそういうのを分析した論文が出ていたはずだ。かせくり氏が書いたわけではないけど。
「つまり大学に行けばいいんだね!」
「もしできなかったら素直に諦めてくれるなら付き合うよ」
「その時はその時!」
切り替えがいいのは悪いことではない。
「じゃあ予約とかしておくね」
「いいの?」
「ユミナさん、そもそもそういうのがあることすら知らなかったでしょ」
それに大学のシステムの多くがブラウザ経由だったりする。このあたりは慣れていないと難しいことも多いのだ。XRアプリに慣れた人たちがシラバスの操作に悩むのはよく聞く話である。しかし若い先生が愚痴るにはその先生が大学生だったころも操作が難しかったらしいので、結局はああいうシステムが人間向きではなかったのかもしれない。
「じゃあよろしく!かわりに明日お昼奢るね!」
そう言って通話が切れた。元気のいい人だ。
では、とハプトデバイス付きの指を鳴らしてブラウザを起動する。大学の情報系のデータがあつまっている場所に行って、シンプルなHTMLで構築されたページへ移動。
「えーと、機材貸し出しっと……」
存在するのはわかっていても、具体的にどこか探すのは結構難しいものだ。ちらりと奥にVR機材が見えた教室の扉に「予約は大学情報中心から!」と書かれていたのでたぶんここらへんにあると思うんだよな。
ええとこれはパソコン室の利用状況。あっちはソフトウェア一覧。これはライセンス申請画面。っと、見つかった。
「……危ないところだった」
明日の午前中に借りられる機材がちょうど二つ余っていた。自分の学生番号だけ入れればいいので二人分を予約。機材を確認してみたが、僕が使っているものよりも一世代前、つまりはそれなりに古いものを使っていた。とはいえどうせ今どきはそこまで端末側のスペックが要求されることはないし、そこまで重いものを使わなければ大丈夫だろう。