セミダイブ!   作:小沼高希

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Sky Net is rough, but nothing escapes it. 3

「……普通だ」

 

ダウンロードした「Realities」というパッケージを起動したところ、ヘッドセットが透明になったかのように外側のカメラの映像が映る。特に何も問題ないよな。

 

右を見ればちょうど僕の方を向いたユミナさんと目が合う。いや、直接相手の目を見ているわけではないが。

 

「これ、どういうこと?」

 

「もう始まってるはずだけど……」

 

見渡しても視界に入るのは青い床に白い壁、周囲でVR端末を操作している人たち。何かが起こっているのだろうか?まだ準備時間なのだろうか。

 

そうしていると、左側から音がした。視線を向けると宙に立方体が浮かんでいた。よく見ると小さなパーティクルが飛んでいて、それが立方体に吸い込まれるようになっている。オーソドックスな視線誘導のテクニックだ。結構好きである。

 

少し身体を動かす。僕たちが今使っているモーションプラットフォームはそこまでしっかりしたものではない。手すりがついていて、足もとがすり鉢状になっている。

 

立方体の大きさは手のひらぐらい。腕を伸ばせば届くぐらいの距離だ。よく見ると部屋の照明を反射しているので結構しっかり計算されているようだ。普通のXR端末だとここまで計算する余裕がないのでちょっとした明るさや反射っぽいものを付ける程度になっていることも多い。

 

「なんか英語でてきた」

 

「読めないの?」

 

「わかんない」

 

「Grabっていうのは掴むって意味。cubeはわかるでしょ?」

 

「えーと、立方体?」

 

「そう。手を動かしてみたら?」

 

誘導されているようで少し警戒してしまうが、作品として作られているなら指示に従ったほうがいいだろう。こういうものを見ると逆らってしまいそうになってしまうのは悪い癖だ。

 

手を伸ばすと、それが立方体を掴んで握った。いや待て、何が起こったんだ。僕の手は当然何のハプトデバイスをつけているわけでもないから触った感覚は当然ない。そもそも僕の手の形は人差し指を軽く伸ばした状態で、手を開いて掴むということは行っていない。

 

手を引くと、さっきまで立方体を掴んでいた手も戻った。改めてカメラの前で手を握ったり開いたりする。問題ないよな。

 

何だろう、描画のバグだろうかと思ったときに手が閉じなくなった。少しだけ手に力を入れると爪が手のひらに食い込む痛みがある。こういうときにVR空間でアバターの姿勢と実際の自分の姿勢を切り替えている感覚を思い出すことができた。こんなものが役に立つ日が来るとは。

 

なるほどね、行動と認識を食い違わせるやつか。VRワールドでもたまに見るが、あまり推奨はされないやつだ。例えば認識する姿勢とヘッドセットに投影する姿勢を変えれば、相手を転ばせることぐらいは容易にできる。

 

もしそういうことをする場合にはそれなりに警告を入れるべきだという意見もあるが、これはVR界隈のマイナールールに過ぎない。卒業制作にとやかく言うのは野暮だろう。見た限り、改変はそこまで多いわけではないらしいし。

 

「……何だ?」

 

思わず口にしてしまう。変な音が後ろからした。

 

振り向くと他の人が使っていたはずのVR端末とかモーションプラットフォームの機材が人間丸ごと宙に浮いている。一瞬混乱するが、先ほどと同じ理論だと見当がついた。

 

少し前にユミナさんとアキさんを家に呼んだときに見せた後末日(ポスト・アポカリプス)モードに似たようなシステムだ。周辺の物品を認識し、大規模世界システムを利用して構成要素に分割し、改変をしていく。

 

VRという完全に計算可能な空間ですらこういう事をすると多少の違和感が出るものだが、今のところそういうのはない。僕が仮想空間の経験しかないからかもしれないが、それでもかなりよく設計されているはずだ。

 

音や映像による意識の誘導、物理演算のごまかし。ともかくそういうものを駆使している。意識を作成者と別の方向に向けようとしている天邪鬼な僕でも、視線が引き寄せられてしまう。

 

「ミドリちゃん、大丈夫?」

 

「……今のところは」

 

「わかった。ウチのほうはしばらく黙ってるね」

 

ありがたい。これで眼の前の現象自体に集中できる。

 

浮いている物体に向けて手を伸ばして素早く手を振ってみる。ちらつきがない。つまり相当しっかりとこのシステムは周囲を把握しているのだ。それもこの端末で起動するというデータはなかったはずなので、プレイ中に取り込んだ映像データだけでこれをしていることになるのか。

 

もちろん、そういうシステムは一般に公開されてはいる。それでも調整をしっかりしないと特定の設定された空間以外では使いにくい。それなのにここまでやるとは、本当に学部生レベルの作品か?プロが作ったと言っても信じてしまう。

 

いや、年齢と技能は直接は関係しないかと思いながら周囲を確認する。少し考え事をしている間に色々なものが狂っていた。

 

ブラインドの外の空は黄昏色から夜へと変わるところだったし、床や天井は壊れて何かわからない配線のようなものが伸びていた。隣りにいたはずのユミナさんは消えているし、もう大混乱だ。

 

しかし、それも次第におさまっていく。早回しで建築がされていったり傷が塞がるのを見るような形で、世界はもとの法則に従った、そして僕たちが思い通りに動ける場所に戻っていく。

 

改めて、顔の前で手を握ったり開いたりする。何もおかしなことは起こっていない。周囲の光景も始まりとそう大きく変わらないように見える。緑色の床に水色の壁。

 

「あれ、終わったのかな」

 

ユミナさんの声がした。

 

「たぶん、あっメッセージが出た」

 

ヘッドセットを一旦外して、外を見たらまたつけ直すように促される。少し怖いが、その通りにするか。深呼吸を一つ。

 

「……いや、何だこれ」

 

手をヘッドセットにかけると、メッセージがまた追加された。

 

『あなたが見ているのは、現実ですか?』

 

怪しい言葉を無視してヘッドセットを外す。見える景色は、さっきとそう変わりはないはずだがなにか雰囲気が違った。その理由に、少しだけ遅れて気がつく。

 

色味が違うのだ。さっきまで見ていた光景はもう少し緑色ぽかったというか。改めてつけ直して、その違和感に気がついた。

 

天井と床の色が変わっていた。気が付かない間に、現実を変えられていた。

 

『あなたが見ていたのは、現実ですか?』

 

文章が微妙に変わっていたのには、なんとか気がつくことができた。

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