セミダイブ!   作:小沼高希

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Sky Net is rough, but nothing escapes it. 4

「……すごくない?」

 

少し汗ばんだ表情で、ヘッドセットを外したユミナさんは言う。

 

「すごい」

 

僕はそう返すしかなかった。

 

システム自体は自然に見えたが、自然に入力映像を改変するのは相当大変だ。それに一歩間違えればあのシステムはAI条約関連法規のディープフェイク禁止条項に引っかかりかねない。

 

それはそうと、完成度はかなり高かった。それは間違いない。

 

「……先生がウチにこれを見ろっていったのはさ、やるならここまですべきってことなのかな」

 

「いやあれをたかだか大学生に求めるのは技術的にちょっと……」

 

確かに技術的にやっている内容としては前にユミナさんやアキさんに僕の部屋で見せたやつのほうが難しいが、あれはかなりしっかりとした空間把握をした上でのものだった。ほぼリアルタイムであそこまでの事をやってのけるものを、僕はほとんど見たことがない。

 

たぶん、短い卒業制作であるからかなり色々なところを短縮できたのだろう。場合によっては展示室とかの端末でさえ動けばよかったはずだ。大学のものとはいえ、ここの機材でもきちんと動いたのは凄いとしか言いようがない。

 

本当は内容について少し解析したいが、パッケージの形式からして少し難しい暗号化が施されたやつだったはずだ。それに僕はそこまでXR方面の技術はない。

 

一旦僕たちは会話をするべく外に出ることにした。土曜日でも食堂はやっていて、事実上無限に出てくる水とお茶があるので議論にはちょうどいい。

 

「……つまり、見てたものが違ったの?」

 

少し話して情報を整理したところ、僕たちの体験は微妙に食い違っていた。

 

「たぶん。三分間でどういう演出をするかは何パターンかあるのかも」

 

技術的デモンストレーションとして見るなら、かなり点数が高い。確かに機材をもっと揃えればできることも増えるが、それだけ準備も難しくなるし普段からVR端末を使っているわけではない人には慣れるだけでも大変だろう。

 

数十年前から技術は相当進んで、特殊な調整なしでもほぼ装着してしばらくすれば現実と見分けがつかない程度の映像体験をすることはできる。ただ、それでもどうしても抜けない頭の周りの違和感や操作の困難というのはある。

 

XR端末は軽量化やこのあたりの最適化と引き換えに演算速度を落としている。あそこまでの改変をするとなると今のXR端末だと難しいからVR専用のシステムにした、と考えるのはちょっと邪推だろうか。

 

「結局は、あれって現実に戻ったって思っててもそうじゃないかもよ、っていう内容だよね」

 

ユミナさんが水を飲みながら言う。一応は芸術系の人らしく、手元の紙にスケッチをしていた。立方体とそこに集まってくるパーティクル。とても上手だ。僕はイラストについては生成したことぐらいしかないからわからないが、こういう基礎力があってこそ生成技術は輝くのだという残酷な事実は痛いほど知っている。

 

「人間の認知というかな、一度に集中できることには限界があるっていうのをうまく使っているように思った。マジックのミスディレクションに近いと思う」

 

「注意を引き付けるやつ?」

 

「そう。それで、意識していないうちに僕の場合は壁とか床の色を変えた……」

 

半透明な表示しかできないXR端末ではこれがやりにくい。完全にカメラの映像を改変するとなると太めのケーブルで演算装置に繋がっていないといけないのだ。

 

「ウチの場合は照明の色だった」

 

「やっぱり色は印象に残りやすいからかな」

 

そんな会話をしつつ、途中からXR端末をつけて僕たちは議論していく。

 

改めて思うが、ユミナさんはアキさんとはまた違ったタイプの才能を持っている。もちろん桜盃情報工科大学の情報芸術学部というのはちょっとやそっとの能力で入れるところではない。

 

必ずしも情報の知識を必要とするわけではないが、ある種のセンスであるとかは試験で見られると聞いた。学校推薦であったとしても、そういうのは評価されるだろう。倍率が高くなかったはずとはいえ、試験で落とされる人はいないわけではないのだ。

 

「……どうしたの?」

 

「……なんでもないよ」

 

僕はちょっと罪悪感のせいでユミナさんから目をそらしてしまう。普通入試だからといって、大学の勉強ができるとは限らないのだ。それに僕だって勉強がそんなにできたわけじゃない。

 

勉強以外にも評価される軸は色々とあるし、大学が学ぶ場所だからと言ってもその学びが紙の試験だけで計られるものじゃないなんていうのは散々聞いてきた。受験期の僕はそういう言葉を勉強と向き合えない弱い人のためのものだと思わないとやっていけなかった。

 

「……泣いてない?」

 

言われて、自分がやっとこのあたりの精神的な諸々から開放されていたんだなと気がつけた。ユミナさんの前では気を張れなくなっていたのかもしれない。そう言う雰囲気がある人だ。甘えたくなるとは違う気がするけど。

 

「……ちょっと気分が変になっただけ、大丈夫」

 

XR端末を外して、僕はポケットから出したハンカチで溢れた雫をぬぐう。

 

「……ごめんね、辛いことをさせちゃったみたい」

 

「そんなことないよ、これは……嬉し涙みたいなものに、近いと思う」

 

「無理をすると良くないよ?」

 

「わかってるって」

 

深呼吸。気がつくと僕の手にユミナさんの手が重ねられていた。

 

「……あの」

 

僕は机の上の手に視線を落として言う。暖かくはあった。僕よりも指はたぶん細い。

 

「なに?」

 

「なんで触ってるの?」

 

「……こういう時、人と触れ合うと楽になるんじゃないかなって」

 

「そういうこともあるけどさ、なんていうか……今こういうのをされると狙われているんじゃないかって変な気分になる」

 

追い詰められた人が助けを求めて縋ってくるのは見たことがある。人間というのはどうしても限界があって、そこを超えると治らなくなることがある。穴が空いてしまった容器のようにずっとなにかを求め続けて、でも満たされなくてさまよい歩いてしまう。

 

「今日はデートだからね、ちょっとぐらいいいかなって」

 

いたずらっぽくユミナさんは笑った。

 

「……アキさんに言いつけるよ」

 

「ごめん」

 

そう言ってから、僕とユミナさんにとってアキさんは相当怖い相手として認識されているんだなと少しおかしくなって笑ってしまった。

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