セミダイブ!   作:小沼高希

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Sky Net is rough, but nothing escapes it. 8

南4号棟。このあたりは情報芸術学部の領域なので、床にはたまに位置合わせ用のXRマーカーが置かれていることもある。学部名の通り、扱っている芸術の範囲も相当に多様だ。文章を書いている人もいるし、普通の芸術学部らしく油絵をやっている人もいる。

 

他にも確か大学のパンフレットによればインターフェイスデザインとかCAI、つまりは創造的人工知能(Creative Artificial Intelligence)の分野を扱っているところもあったはずだ。音楽とかゲームとか、そういう多様な形での表現とそこから受ける印象をデザインするのだとか。

 

とはいえ拡張現実学科については文字通りにXRとかをやっていると考えていい。もちろんグラス型だけじゃなくて例えば板状の半透明なやつとか、VR端末みたいに大きなやつとか、珍しいものだと南4号棟の入ってすぐのホールにあるプロジェクターを合わせたものとか。

 

「……これ、どうやってるの?」

 

アキさんが上の方を見上げる。ゆらゆらと揺れるモビールに投影された魚たち。天井の色合いと相まって水族館みたいだ。なるほど、裸眼で特殊なデバイスなしにXRを体験させるとなるとこういう手法もあるのか。SFに出てくるホログラム装置みたいなものはまだ人類が作れていないので確かにプロジェクションマッピングの亜種になるしかないが。

 

「ええと、確かガイダンスで言ってたやつだと風でどう動くかとか計算して、長期的な動きに合わせて魚の動きのパターンを調整しているらしい」

 

風という不確定な要素を含めて将来的な動きを踏まえた行動をするというデモンストレーションなのかな。似たようなアイデアは仮想世界でも見たことがある。あれはリアルタイムの地球の風の流れを反映させたものだったからスケールが違うけど、物理世界と仮想世界では色々と勝手が違うのでこれはこれで凄いのだろう。綺麗だし。

 

「なるほど……」

 

納得するアキさんを連れて、僕たちはエレベーターに入って目的の階まで向かう。不健康な大学生なので、五階まで階段で行くほど足腰が強くないのだ。

 

軽いベルの音がして、扉が開く。開けたホールと、ガラス張りの部屋。壁にはポスターとかが貼られているし、テーブルにはなにかのセンサーらしき物体が鎮座している。

 

「高桑弓凪(ユミナ)様ですね、こんにちは。椎葉と申します」

 

そして眼の前にいたのは、なんて言うかお嬢様と呼ぶのが適切な感じの雰囲気をまとった僕たちを待っていたらしい人物だった。いや、別に派手なドレスを着ているとかではありませんよ。でもなんていうか丁寧な動作とか、柔らかい動作とかが育ちの良さと形容したくなるようなものを感じさせるのだ。

 

「……はい。どうも、こんにちは」

 

一瞬顔を見合わせて、僕とアキさんもユミナさんに少し遅れてお辞儀をする。メールに書かれていたのはユミナさんの名前だけだが、友達と一緒に行くとは書いていたはずだ。

 

「先日はメールを頂き、とても嬉しくなってしまいました。ここで立ち話も何でしょうからこちらへ。珈琲(コーヒー)は嗜まれますか?」

 

「……いただきます」

 

完全にユミナさんは雰囲気に飲まれてしまっている。という形で応接スペースへと案内され、僕とアキさんはガチガチに緊張しているユミナさんを挟んで座るような形になった。応接スペースとはいってもなんかみんな作業をしているような部屋の隅にあるソファーとか机とかみたいなものだ。

 

「お砂糖とクリームについては、ご自由にどうぞ」

 

そう言ってすすすと僕たちの向かいに座る彼女の持つお盆には、湯気のたつマグカップが四つ。マグカップには可愛いキャラクターが描かれている。ちらりと見えた文字からして学会のキャラクターらしい。こういうノベルティというのは学会ではよくあるのだろうか。

 

「こちら、わたくしの名刺になります。お二人はユミナ様のご友人でしょうか?」

 

「はい、綾部と申します。専門は量子アルゴリズム。お見知りおきを」

 

はきはきと簡潔に言ってアキさんが名刺を交換している。なんで持ってるんですか。そして僕ももらえた。作ったほうがいいのかな。

 

椎葉もとか。所属と小さなイラストというシンプルな名刺だ。あ、SNSのIDもある。というか物理世界で名刺を貰ったのは初めてかもな。名刺の周囲のパターンはおそらくXR端末で読み取れるやつだ。この情報密度からするとどこかにアクセスしたりするのかな。裏側には英語が書かれていた。表とはパターンが違うので言語別の何かがあるのかもしれない。

 

「ええと、そちらの方は」

 

ちらりと僕を見て言う椎葉さん。そっか、まだ話してなかったな。

 

「あ、ええと河辺(ミドリ)といいます。二人は友人で」

 

いいよな、あってるよな友人で。いまさら違うとか言っても遅いからな。そう思って隣を見るがあまり問題なさそうだ。

 

「そうですか。それで、わたくしの作品について色々聞きたいことがある、とのことでしたが……皆様もしXR端末をお持ちであれば、つけていただくことはできますか?」

 

ちょっとごそごそしながら僕たちは装着する。椎葉さんもつけていたが、ちょっとだけ僕たちのものとは違うタイプだ。虹彩に投影する装置が表に出た、ちょっと特殊なデザインのやつ。あまり市場人気はないがこれはこれでかっこいいと僕は思っている。

 

「それでは、こちらについて許可を頂けますか?」

 

彼女はそう言って、手元の名刺を見せた。僕の想定通り読み取りが進行して、宙に浮かぶ半透明のセキュリティ警告が出る。

 

少しだけ、気にかかることがあった。普通はこの種の共有というのはせいぜいがブラウザの画面とか3Dオブジェクトをやり取りするものだ。ただ、この申請の内容のリストを見るともう少し特殊なものが入っている。求められているのは目線の位置と顔の角度の提供。これは何かを企んでいるということだ。

 

「構いませんが、その名刺というのは何種類かあるのですか?」

 

少しだけ気になったので、聞いてみることにした。そもそも信頼できないものに許可は出さない、というのが一般常識だが、世間の大半は信頼できるかどうか確認することもなく契約書面画面をスキップするわりには困ったことになったというのはほとんど聞かない。

 

「よく気が付きましたね。これは少し、特別な話し合いの時に使うやつです」

 

そう言って彼女は微笑んだが、少しだけいたずらっ子のような目をしていた。

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