セミダイブ!   作:小沼高希

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Sky Net is rough, but nothing escapes it. 9

「では、簡潔なものでありますが自己紹介をさせていただきますね」

 

彼女が机の上に置いた名刺を叩くようにすると、そこから弾けるように紙吹雪が舞うようなエフェクト。視線誘導によく使われるやつだ。机の上を軽く一周した渦の中心に現れたのは、椎葉さんを模したちっちゃなアバターだった。

 

しかも三頭身ぐらいのかわいいやつ。ふわふわドレスを着ているところを見るにお嬢様系ってやつだ。きょとんとした目で私達の方を見たあと、どこからともなくA4ぐらいの板みたいなものを取り出していそいそと準備をしている。

 

「名刺にもありますが、今は博士課程の一年生をしています。専門はXRにおける『体験』の創造。こう言うと難しいかもしれませんが、実はやっている事自体は単純なものです」

 

椎葉さんの言葉に合わせて、アバターが解説パネルを持ち上げて机の上に並べていく。なるほど、こういうスライドのやり方もあるのね。文字については読めはするけど小さめのというちょうどいいサイズだ。必要がなければ話だけでいいし、補足や追加情報として読みたいならどうぞといった感じかな。

 

「今のXR技術は、現実が主となり、付与される情報が副となっています。しかし、場合によっては情報のほうがその実物よりも重要な場合があります。美術は特にそうですね」

 

「はい、質問いいですか」

 

なにかと思ったら僕とアキさんに挟まれているユミナさんが手を挙げていた。さっきまで緊張していたはずなのにもう大丈夫なのかな。

 

「構いませんよ」

 

微笑む椎葉さんと、首を傾げて準備しようとしていたパネルを戻すアバター。かわいいね。

 

「美術って、本物であることが大事なんじゃないですか?例えば美術館の絵とか、贋作でもいいってわけにはいきませんよね」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

たぶんいい質問ではあったんだろうな。とはいえ少しだけユミナさんは萎縮というか引いてしまっている。

 

「もちろん、そういう場合も多くあります。たとえば宗教において聖地への巡礼というのは、そこに行くことが重要だったりしますからね。わたくしもできるだけ、そういう意味での本物を見るようにはしています」

 

少し安心させるような話し方を聞いてユミナさんは頷く。ここまでは理解できたようだ。

 

「しかし、特に最近の芸術では、そもそも本物とはなにか、が曖昧なものも存在します。例えば周囲の環境と交わり合うような作品であれば、どの瞬間が本物になるのでしょうか?」

 

アバターが見せるのは、この建物の一階にあったあのモビールだ。ちゃんと作成者の情報も一緒に提示されている。こういうところができるのはARのいいところだよな。説明に合わせて、必要なら追加の補足情報を入れられる。もちろんそれなり以上の事前準備が必要になるけど。

 

「……作ったとき、とかですか?」

 

「無理に答えを出す必要はないんですよ。もちろん、作成者は自分の中に答えを用意しておく責務があるとは思いますが、それを観る人に押し付けるべきではないと思いますね」

 

そう言って、椎葉さんはちいさなアバターの頭を撫でた。ちょっと潰されている。僕たちの端末と椎葉さんの端末がリンクしていて、複数のカメラで得られた手の位置の情報を反映しているのだろう。ここまで準備するのはそうとう凝っているな。

 

「例えば、この子はわたくしの話の説明を助けてくれましたが、このわたくしの手には何も触れている感触がありません。それでも、意味はありますよね」

 

「つまり、XRの役割は新しい現実だと言いたいんですか?」

 

よくある役割論だな、と思いながらユミナさんの質問を聞く。VRでも結構あるやつだ。例えばそれは物理世界の拡張であるとか、完全に切り離された仮想の世界であるとか。僕としてはそもそもそういう風に分類するのが果たして正しいかどうかと思うこともある。

 

「わたくしは、そうあるべきだと考えています。単なる拡張ではなく、もう一つの世界と繋がるための道具としてXRは使われるべきだ、と」

 

なるほど。思想が強い人のようだ。個人的には思想が強い人のほうがよく練られていて面白いものを作るので好きである。その思想がにじむ程度ならいいけどあまり表に出されすぎると困るけどね。

 

「では、僕からも質問してもいいですか?」

 

「構いませんよ。どうぞ」

 

質問には積極的に乗ってくれる人のようだ。こういう人は仮想世界でもたまに見るが、やはり話しやすい。互いにどこまで理解していて、何をわかっていないかというのを素直に共有できる空気というのは作りにくいのだ。

 

「もう一つの世界、と言いましたが、例えばVRについてはどう思いますか?」

 

「多くの人は、あそこまで別の世界に入ることは難しいと考えています。幻想文学の用語を使うのであれば、ハイ・ファンタジーとロー・ファンタジーと言いたいのですが……皆様はご存知ですか?」

 

首を振るのは僕とユミナさん。一方アキさんは知っているようだった。

 

「この世界と近いものがロー・ファンタジー、異なる世界のものがハイ・ファンタジー……でよろしかったでしょうか。例えばいわゆる異世界ものと呼ばれるもので、主人公が我々の世界から別の世界に行く場合は、ハイ・ファンタジーになる……と」

 

よくそんな事を知っているな。言われてみればどこかでそういう話がされていたような記憶もあるが。異世界ものというのは少し古いテーマだと思われがちだが、少し前にも少し古いテーマだと思われていたことからもわかるように常にそこそこ人気らしい。

 

「その通りです。つまり、VRで作られる世界はこの世界とは別の物になってしまうのです。もちろん最初からそこにアクセスできる人もいるでしょうが、ほとんどの人はそうではない」

 

「……一部の人のみができるものではなく、もっと開かれた、それでいてこの世界だけではなし得ない、そういう体験を作りたい、ということでよろしいですか?」

 

アキさんの確認に、椎葉さんは満足そうに頷いた。

 

「その通りです。不躾な質問になりますが、あなたがたは本当に学部一年生──大学に入って間もない方々なのですか?」

 

「ふたりともウチの同級生です」

 

ユミナさんの言葉に、椎葉さんは深く息を吐いた。

 

「……なるほど。これは油断できませんね」

 

微笑む椎葉さんを、不思議そうに机の上のアバターが見上げていた。

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