それからしばらくは、かなり具体的な話になった。
僕からは具体的な空間把握アルゴリズムを、ユミナさんはデザインのモチーフとか方針を、アキさんは計算量とか通信分野の話を。
XR端末越しに見える空中のメモとかについては僕の書いた分は解読できるが、それ以外はかなりわからない。例えばユミナさんの質問していた内容はデザインの用語がかなり行き交っていたし、アキさんの方ではこれは数学ではないのかってぐらいに式とか数字とかが出てきていた。
もちろん他の人の話を完全に理解したわけでは無いが、椎葉さんはきちんと答えてくれていたように思う。少なくとも、僕が中学一年生からVRの事を質問されて、ここまで丁寧に対応できるかと言われると怪しい。
「……すみません、こんなに長く話し込んでしまって」
ユミナさんが言う頃には外はもう暗くなっていて、議論の記録もそれなりの量になっていた。僕も今まで持っていなかった仮想世界設計のアイデアをもらえたし、それはチーフ流とはまた別のものだった。そう言う意味では、とてもいい日だった。
「そんな事はございません。わたくしも自分の作品についてここまでしっかり議論できることはほとんどないので、本当に助かりました」
頭を深々と下げる椎葉さん。謙虚なのか、それとも実力を認めてくれたのか。後者であってほしいが、たぶん前者寄りなんだろうな。まだ僕はそこまで力があるわけではない。言葉をそれっぽく操るだけなら
「お。話は終わったか?」
そう言って僕たちの隣に現れたのは、仮想世界で写真を見た記憶のある初老の男性だった。眼鏡があると少し雰囲気が変わるが、それでもちゃんとわかる。
「教授、会議は終わったのですか?」
「ああ、全く特に今日は無駄の多いものだった」
気軽に話している二人を見ると、お嬢様と執事みたいな感じがあるな。とはいえ男性の方は執事と言うには上品さが足りない気がしなくもない。もちろん椎葉さんの気品と比較してだけど。
「ああ、改めてご紹介しましょう。彼はわたくしの指導教員の、宮
「どうも、宮だ。確か真ん中の子はウチの学科の子だったな」
すごい。一学科に数十人はいるはずなのに。僕の場合だと十人もいない学科の先生を全部覚えているわけではないので、かなり記憶力がいいか、さもなくばユミナさんがよくも悪くも目をつけられているということだ。
目といえば、黒縁の眼鏡風になっているXR端末越しの視線はかなりきつい。もちろん人相とかもあるのだろうが、威圧感を与えるような形になっている。取引とか交渉とかでは先手を取るタイプなのだろうか、などと考えてしまう。
「はい、高桑と言います」
「なるほど。……すまないね、両隣の子は?」
と言われたのでさくっと自己紹介。アキさんは名刺をまた出していた。一方で宮教授は手持ちがないからと言って名刺を出さなかった。こういう時に格の差みたいなものを感じさせるためのある種の心理戦か、それとも純粋に名刺を切らしているのかは知らない。少なくとも僕はあまり好きな方法ではない。
「……そう言えば、宮先生に伝言があります」
なので、さっきまではちょっと気の重かった案件もこの人相手ならいいや、と少し気が軽くなった。
「伝言?誰からだ?」
「チー……ガレーナという方からです」
僕の言葉に宮教授が嫌そうな顔をする後ろで、小声でアキさんとユミナさんが誰だろうねと話していた。
「ガラテアならPygmalion and Galatea辺りなんだがな……?ネーレーイデスあたりと同一視されてたか?で、何だと?」
目線の動きからしてXR端末で調べていたのだろう。とはいえ操作する素振りはなかったので顔の横の筋電とかでコントロールしているのかもしれない。だとしたら上手だな。あれは結構練習しないと表情が歪んでしまうのだが。
「『あたしはまだ生きてるよ』と伝えてほしいと」
不思議なメッセージではある。直接連絡すればいいじゃないかと思ったが、仕事の対価なのでしっかりとやっておく。
「……そうだな、もし君がアイツに会う機会があれば『もう一度くたばれ』と伝えておいてくれ」
「……教授、どういうことです?」
椎葉さんが不思議そうに聞く。
「古い友人……いや、敵だよ。引導を渡したつもりだったのだが」
何か怖いことを言っているが、たぶん比喩だよな。この人の性格をはっきりと理解したわけでは無いが、かなり自分の好き嫌いをはっきりと表明する人だということはわかる。
「なるほど、教授と並ぶだけの人がいたんですね」
「馬鹿、アイツは俺よりいろいろな分野で下だよ」
「しかし、争いというのは同程度の腕がなければ成立しないのでは?」
椎葉さんの言葉に宮教授は更に嫌そうな顔をした。なるほど、あまり触るべきではない人間関係があるのか。
「わかりました。きちんと伝えておきます」
「盗み聞きが趣味のアイツだがな、まあよろしく頼むよ」
そう言って宮教授は僕の目をじっと見て、そして多分自分の部屋に帰っていった。
「……申し訳ございません。あの人は少し性格が捻じ曲がっていまして」
丁寧に言う椎葉さんだが、声はちょっと呆れていた。仕方ないね。とはいえチーフも僕を伝言役に頼んだということはあまり顔を合わせたくない人なのだろう。しかし生存報告はしておいた方が良い程度の縁がある、と。
「しかし皆様も本当に詳しいのですね。わたくしはこの分野なら大学内の人にまず負けることはないと思っていましたが、この水準で並んでこられると卒業までには追い抜かれそうで怖いです」
「ウチじゃなくて、隣の二人がすごいだけですよ」
そう言うユミナさん越しに僕とアキさんは目線を合わせて、同時に首を振って発言を否定する。ちなみにこのジェスチャーはさらに椎葉さんが振った首によって否定された。
「高桑様は、かなりいい目をお持ちです。おそらくは積極的にいろいろなものを見てきたのでしょう」
椎葉さんはそう言って、マグカップを持った。
「綾部様のほうは、やはりアルゴリズム分野の知識が強いと感じました。おそらく、私の作ったシステムもあなたから見ればかなり下手なものなのでしょう」
「ああいうものは動けばいいんですよ」
「そうは言いますけどね、やはりXRのようなものでは反応速度によってかなり印象が変わるのですよ」
「なるほど……」
「そして河辺様は、やはり仮想世界側の知見を深くお持ちですね」
なんかここまで丁寧に言われると、VRに青春を溶かしたみたいな感じに聞こえるな。そうかもしれないけど。
あくまで、僕は曖昧に微笑むにとどめておいた。