偶像は踊る、されど舞台は回らない 1
気がつけば慌ただしかった五月も終わり、湿気の多い六月に入っていた。 しとしとと降る雨音は、典型的なノイズとしてヘッドホンで遮断されてゆく。
しばらく、Bar Panopticaの知り合いと会うことに引け目を感じてしまっていた。チーフの真実を知ってしまったのもあるし、それについてどう話していいのかわからないというのもある。
アクセス履歴を見るに他の人は定期的に顔を出してはいるらしい。DMのやりとりもたまにはする。それでも、なんかどうしてもうまく行っていない気がするのだ。
大学についてもそう。欠席とかはしないが、最初の頃に比べて真面目に授業を受ける気力とかが無くなってきている。代返はしないが、遅れてやってきたユミナさんにこっそり出席用パスワードを教える程度には悪いことをしている。
そういえばユミナさんのほうは、大学生らしく色々と遊んでいるらしい。そのお金がどこから出ているかとか、授業があるはずなのになんで朝から晩まで遊んでいられるのかとか、そういうのを聞くのは野暮というものだというのは僕だって理解している。
そんな事を考えながら、音ゲーのワールドで適当に身体を動かしている。ここで遊ぶときはちゃんと立ってやるのがいい。寝たままだと動きにくいですからね。
流行りかどうかは知らないが殿堂入りはしている
難しいステージをクリアさせるよりも身体を動かして楽しいと感じるように作られているだけあって、とても気分がいい。悩んだり思い詰めたりしたときはこれを遊べばひとまずいい、と個人的には思っている。ランキングとかもないし。
もちろん正確なプレイを続けたり初期設定からハードモードにすれば見てわかるほどにエフェクトが乱舞するプレイになるが、わたしの場合はそこまでではない。
サビの部分。ゆったりとした感じの曲なのだが、ここだけ四拍子から三拍子の入ったポリリズム的な感じになってステップを踏むようにちょっと忙しくなる。曲に合わせて生成される塊を砕くような感覚が
そんな事をして飽きたというわけではないが心の辛さみたいなものがひとまず落ち着いたのでゲームを終えると、通知が一つ来ていた。発信人はガレーナ。
「……チーフが?」
内容を確認するのも面倒なのでひとまずBar Panopticaに行くことにする。こういう理由があると、少しだけ足が軽くなるのだ。もしかしたらこれを見越してチーフはわたしにメッセージを送ったのかな、とか少しだけ考えながらワールド読み込みの際のラグを感じる。
「お邪魔しますよっ」
「久々だね、ソニドリ」
チーフはいつも通りの調子で、わたしの方を見た。改めて観察すると人間味が薄いような気もしなくはないが、アバターで言うなら概念同化機構さんが一番無機質なのであんまり意味はないな。
「……ええ」
「メッセージは読んだかい?」
「まだです」
「なら、読みながらでいいから話を聞いてくれ」
そう言ってチーフは銅製に見えるマグカップのような容器に入った、たぶんカクテルのようなものを出した。ライムの薄切りも乗っている。
「これは?」
「モスコー・ミュール。ジンジャービール、ウォッカ、フレッシュライムジュースのカクテルさ」
「……キツそうですね」
一応もう18は超えているのでお酒は飲めるのだが、カクテルは飲んだことがない。ビールは苦くて口に合わなかった。日本酒は少しだけなら悪くないなと思える。ただ、二日酔いの経験から基本的には飲まないようにしようと考えているのだが。
「まあ、気分さ。ゆっくりやってくれ」
実際に口につけて傾けるといい具合に中の液体が減るというギミックがあるので、いい感じにやっていくとしよう。
「
「ここ数年で人気が出てきたやつですよね」
シンセヴォイスは長い歴史を持ち、アイドル育成ゲームや派生の多いシューティングゲームと並んでかつては御三家とも呼ばれていたほどのメジャージャンルであった。そして今でもちゃんとそれらの末裔は元気である。とはいえ特にシンセヴォイスは有名な歌唱合成ソフトウェアのコア部分についてのオープンソース化や様々なバリエーションの存在からかなりカオスな事になっており、総称としてこう呼ばれる事が多いという感じ。
あと衣装。弓道着っぽい白と紺のシンプルなやつなのだが、それがすらりとしたデザインとして綺麗にまとまっている。こういう特徴がわかりやすいキャラクターは二次創作がされやすいんですね。
「そいつのコンサートが今度行われる。そのスタッフにソニドリを推薦しておいたが、大丈夫か?」
「せめて事前に一言入れてくれればよかったんですがね、いえ嬉しい話ではありますがわたしでいいんですか?」
チーフがこういうふうにするってことは授業と被らないようには配慮しているのだろう。土日は休みだと伝えてあるし、時間割もある程度察されているはずだ。
「あたしはちょいと忙しくてね。基本設定は
チーフが示すワールド構成図はいつもわかりやすい。これ自体が既に技術の粋みたいなところがある。なるほど、アクセス時にアバターの型変換があって、そこでたぶん名前テーブルが被るとかだろう。これならパッチで対応可能だ。
「どのレベルで対応していいんですか?」
「基幹システムはいじれないようだが、演出レベルならかなり好きに触れるはずだ。具体的な話は担当者と直接やってくれ」
チーフが僕の前に出すウェブサイトには運営担当者のリストがあった。あ、この名前は見たことがある。結構有名な演出家で、わたしがバイトで入ったライブみたいなものでも関わっていたはずだ。
「わかりました」
そう言った僕に、チーフは満足そうに頷いた。