セミダイブ!   作:小沼高希

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偶像は踊る、されど舞台は回らない 2

アバターにも正装というものがある。もちろん現実のドレスコードほど派手ではないが、基本的に露出は抑えるようにであるとか、あまりラフなものにしないようにとか、計算量が増大しそうなアクセサリーやエフェクトを付けないようにとか。

 

「失礼いたします」

 

見るからに会議室のような空間に待ち合わせの二十分ほど前に入ると、一人だけいた鏑音マトのロゴを入れた半纏を着た童女が書類から顔を上げて僕を見た。なんだこれならわざわざ軽量版アバターを着てきた意味があったのだろうか?

 

「ぬ、その名前は……」

 

くりくりとした目をした彼女──渋めの声からはたぶんそれなりの年齢の男性なのだろうが、アバターを優先させるべきだろうか──は手元で書類をめくる。

 

「あったあった、ソニドリさんね。経歴はチーフから聞いてるよん。僕はクリエイティブディレクターの新美(ニーミ)。面倒なら技術監督さんでもいいよ。よろしく」

 

僕は伸ばされた手を握り返した。

 

「よろしくお願いします。去年に新美さんの作ったワールドでスタッフやりましたが、本当にやりやすかったです」

 

「本当かい?そう言ってくれると嬉しいね」

 

技術監督さんの向かいに座る。席は既にある程度決まっていているようだが、並びからは関係がわからない。ランダムなのかも。ただ、席につくと目の錯覚かのように他の席が近づいた気がする。

 

こういうことができるので、VR空間というのは強いのだ。この世界では物理世界とはまた違った物理法則を働かせることができる。空間の長さという概念すら壊せるから、それを応用すればなにかの目的に沿った世界を作りやすくなる。

 

「早く来てくれてありがとね。忙しいのに無理にヘルプを頼んでごめんね」

 

「いえ、それは構いません。一番忙しくなるタイミングが土日なので、それは空けられます」

 

「無茶はしないでね?技術があるとはいえ、君には君の生活があるんだ。僕みたいなそれで飯食ってるやつは四六時中VR考えててもいいけどさ」

 

「それはそれで楽しそうですけどね」

 

「楽しめるやつじゃないとやっていけないよ」

 

そんな事を言っていると、次第に人がやってくる。実際の会場では統一されたスタッフアバターだったりするので、こういう段階から裏方として顔を合わせることはあまりない。それにしてもみんなかなりラフだ。

 

業界を知らないのでひとまずフォーマル、という考えが正しいか不安になってきたが別に失敗というほどではないだろう。固い企業の展示会とかではリアルアバター、つまりは現実の自分の顔を模したものでないとダメとかいう厄介なルールが定められていることもある。本当にこれは無意味で、VRの意味を殺していると思う。

 

「おっソニドリさん、覚えてる?」

 

「前のライブの時に音響やってましたよね」

 

「そうそう。あのときは焦って接続間違えたの直してくれてありがとね、本当に」

 

こう話すのは書類によれば今回の音響チームの一人。シンセヴォイスはどうしても楽器と混ざりやすいので、ミキシングには人間のときとは違ったテクニックが必要になる。

 

そして会議が始まる。会議と言ってもそれぞれどういう人がいるのかを口頭で確認する形に近い。そもそもSatyr(サタ)があるならそこまで人が要らなかったりもする。あれはうまくやればたった一人でも舞台ができるように作られたシステムだ。

 

「それじゃあ、みなさんよろしく!あとはチームごとに別れてやってこうか」

 

そしてなんか半纏のデータがもらえた。なら着るか。この手のアセットを細かくアバターに適応させようとするとバグりやすいのだが、雰囲気だけでいいなら適当に合わせて自動調整させればそれらしくなる。あまり腕を振り回しすぎると抜けてしまうが。

 

「ソニドリさんは機材の調整をお願い。できそう?」

 

全体のシステム構成図を見ながら僕の入るチームリーダーになる人が言う。

 

「問題ありません。現地に行ったほうがいいですか?」

 

「お願い。権限は与えておくから」

 

そう言ってチームリーダーは手元で何かを操作して僕に歯車の形をしたエンティティを投げる。ええと権限承認と行動ログね。行動ログは非同意で取るのは違法だが、基本的にこの手のVR運営では何かをやらかした時に誰がどうやったのかをすぐに特定できるので取られることが多い。あまり厳しすぎると法律に引っかかるらしいが。

 

会場となるワールドでは、既に色々と作業が進んでいた。いくつかのシステムが相互干渉することがあるので、ある程度並行して色々なものを進めながら設定をしていくのがこの種のシステムの作り方の一つだ。毎回思うが結構むちゃしてるよな。

 

自分の名前を確認すると、役職ごとに色分けされるようになっていた。僕は紫色。映像とかを確認している人は緑で、議論しながら照明をデザインしている人は黄色になっている。

 

「さて、ここで踊るわけだよね」

 

舞台の上に立つ。並行してダンスモーションの調整をしている人がいるので存在する位相はすこしずらしてある。こういう気配りというのは結構難しいのだ。問題は位相の数にも限りがあるのでもっと人が多くなると全部埋まってしまうことだが。

 

「さて、ではチーフ流に行きますか」

 

舞台の床に手を当て、いくつかのコマンドを目線で打ち込む。ある種の管理者モードだ。接続されているシステムや位置依存エンティティの一覧、今の時点でのアクセス状況なんかがまとめて表示される中、うまい具合に念じながら目的のやつを探していく。

 

あった。標準的なアバターの読み込みライブラリだが、Satyr(サタ)のバージョン依存で規格が食い違っている部分がある。普通に使う分にはほぼ違和感がないのだが、アクセス人数が増えたりダンスみたいな動きがあると悪さをすることがある。

 

特にダンスなんかは音と動きの協調が重要なので、ラグは減らせるだけ減らしたほうがいい。クロック同期型にしてもいいのだが、それはそれで難しいので悪さをすることで有名な部分を代替するに留めておこう。

 

位相を戻し、ダンス設定をしている人たちにチャットを送っておく。話しかけてもいいが、それだと作業を中断させてしまうことにもなりかねない。距離感は基本遠めで、向こうが近づいてきたら歩み寄るぐらいでいい気がする。少なくとも、こういう仕事の場所においては。

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