セミダイブ!   作:小沼高希

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偶像は踊る、されど舞台は回らない 3

大学から帰り、準備に入る。わたしの担当は決して多いわけではないが、それなりに重要な部分だ。わたしのいない時にリハーサルが行われていたようなので、まずはそちらを確認しよう。

 

ログを再生する。空間丸ごとの再生は普通はそれなりに負荷がかかるのだが、さすがしっかりしたコンサートらしく強いサーバーを使っている。

 

加速させて踊るシーンへ。時間を停止。舞台で身動き一つしないアバターを見ると、確かに邪な気持ちが湧いてくるのは理解できなくもない。参考までにスカートの中は闇で埋められています。確か公式デザイナーが裏名義でえっちなやつ書いてたような気がするし鏑音お姉さんはこう色々といろいろなので。やめようか。

 

この前後の通信ログを取ってきて、アバターの動きの情報を確認していく。モーションのデータとかはそれなりに規格化されているが、それでも微妙にキャプチャーによって送信形式が違って余剰情報で変なことが起こることがある。

 

なのでログからどういうもの使っているのかを見て、邪魔な情報は事前に排除しておく必要がある。今回のリハーサルは機材も確か同じものを使ったので大丈夫だと思うけど。

 

「データ処理。突っ込んだファイルをVR機材のデータと比較して機種名出して。あと確かチーフからもらったやつの中にそれぞれの機材での処理パッチがあるから出してもらえる?」

 

口頭で言えば、すぐに必要な情報がある程度処理された形で出てくる。一手か二手先を読んだアイデアもあるので、参考にしていこう。

 

こういう時にAIが使えなかった時代はそれなりに不便だっただろうなぁとは思う。絵を描く時の一つ戻るであったり、あるいは平面のディスプレイと専用の入力端末しか使えないみたいな制約は、もちろんその制約が生むある種の美しさであったり利点があるのは認めるけど、基本的には自由な方がいい感じだ。

 

というわけでパッチを当てていく。えーなになに、ちょっと珍しい型のやつが使われているな。北朝鮮製のトラッカー?ああだから変数名が変なことになってるのね。

 

というふうに一つ一つ問題を解いていくと、見た目上は何もかわらない。だってこれが問題になるのは他のシステムと組み合わせた時にテーブルタイトルが重複して変なことになるときですからね。ただリハーサルでその問題がなかったのでアバターの動き回りは大丈夫だと思う。

 

パッチを当てた状態でもう一度リハーサルを回す。ログを見るに問題はなさそうだ。こういうふうな改善で変なことになるのはよくあることなので確認は大事。

 

というわけで変更ログ報告書を作成。やった内容はそれなりに整理されているが、たまにちょっと勘違いされるような文章を吐き出されるのでちゃんと確認は必要。承認ボタンを押したってことはできたものに責任を負うって意味ですからね。もちろんチームで動いてるので責任と呼ぶべきものは上の方に上がっていくのだが、それでも末端としての矜持を忘れないようにして生きていきたい。

 

というわけで本番環境へ行く。さっきまでいた場所とデータ的にはほぼ同じはずなのだが、どこか空気が違う気がする。VRの超感覚的知覚について真面目に研究している研究室も確か大学にはあったな、などと思い出す。ちなみにこの分野はオカルトとか都市伝説の分野だ。

 

ただ脳に電極を埋め込んでゲームができる人がいるので、本当にそう言う感覚もあるのかもな、みたいなものはあったりする。

 

「ソニドリさん、ちょっと確認したいんだけど」

 

通りがかったタイミングで音響の人が呼んでくる。なんだなんだ。

 

「これだけどさ、配線に前にミスがあったって聞いて。こういう改善案なんだけど、実際にその場でヘルプに入った経験が私はなくてさ。どう思う?」

 

「……ちょっと展開していいですか?」

 

「現場でお願い」

 

「わかりました」

 

そう言って歩き出そうとしたわたしの手を相手が掴む。触覚(ハプト)デバイスをつけているからできるコミュニケーションだ。

 

「こっちで。すぐ移動できる」

 

小型のポータルだ。安易に使うと空間酔いを起こすのでご利用は計画的に。そういうことで来たのは操作室。ワールド内に組み込むとデータのやり取りが少なくできるのだが、設定を間違えると操作室が舞台と重なって現れるのでちゃんと位置はずらしておく必要がある。

 

「こうやって見ると色々進んできましたよね」

 

中央にあるのはこのワールドで作られているステージの模型。周辺にある絡まった糸みたいなものは色々なコードとかシステムとかの関連を表現している。

 

「現状はこんな感じ。照明の人と同期を調整してある」

 

そう言ってパブリック表示されている空中の操作盤が操作されると、舞台の様子が切り替わった。さっきまでの静かで冷たい空気から、風が吹き抜けた春の陽みたいな感じに。うまく言語化できないな。あくまで俯瞰で舞台の模型を見ているだけだから、中の人の受ける印象と比べれば別だろうけど。

 

「問題はなさそうに見えますが」

 

「そうだよ、今はね。でも例えばここでA24って呼んでる通信ラインに負荷を入れると」

 

照明が不自然な点滅を始める。演出かと思ったが、この様子を見るに違うようだ。

 

「純粋にNOTループしているんじゃないですか?」

 

ONの入力がOFFに、あるいはOFFの入力をONにするような要素の入力と出力を繋ぐと大抵の場合は碌でもないことになる。

 

「ループはない。音声由来の成分が回ってきてるの」

 

「ああ、どうせテーブル問題ですよ」

 

Satyr(サタ)では基本的なデータをテーブルと呼ばれる場所に突っ込んでいるのだが、この時に同じ要素名が競合するという問題がある。これは他システムとの連携のしやすさとの引き換えなので仕方がない。

 

「それでもない。普段は大丈夫なんだけど、もしエラーが起きたら困る。少し調べたけど原因不明だった。だからケーブルの切り替えがなにかあったらできるようにしたいんだけど」

 

「……ちょっと、技術監督のニーミさんに質問してきます」

 

「なに、そんな難しい問題なの?」

 

「いえ、ただわたしが依頼された範囲を超えるので勝手に動いていいのかと」

 

「……ソニドリさんは真面目だね。いいことだよ」

 

「ありがとうございます」

 

ちょっとした金額が動くのだ。給与でちょっとデバイスをアップグレードしようかなとか考えているので、手を抜くわけには行かないのだ。

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