セミダイブ!   作:小沼高希

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偶像は踊る、されど舞台は回らない 5

VR空間のいいところの一つは、リハーサルをかなり簡単にできることだ。

 

もちろんあらゆる通信を再現してとか、そこまではできない。ただ、現実の舞台に比べれば無茶をやりやすいし、致命的な失敗があっても大抵は巻き戻すことができる。ちゃんとバックアップは定期的に作ろうね。

 

「負荷レベルが過剰では?」

 

「しかしペンラ同期させるんだろ?こんなもんじゃないか?」

 

「正直圧縮してもいい気はしますが」

 

「通信トラには余裕あるからいいだろ」

 

それなりに技術的な話がされながら、細部が詰められていく。この段階だと、わたしは話に入ることも難しいのでちょっと距離を取って見ている感じになる。

 

金曜日の夜。本番は明日。今ここに残っているのは、最後の仕上げのための人たちだ。

 

もちろん、ほとんどの仕事は終わっている。リハーサルも問題なく終わっている。それでも技術監督をはじめとして、何人かは作業を続けている。

 

例えばわたしは外部の人で、技術監督は管理職だから残業するもしないも自己責任で、それ以外の人もなんだかんだ理由をつけてここにいる。

 

個人的には、そういうのはよくないと思っている。仕事というのは対価をもらって人生の一部を社会に提供することで、過度に提供しすぎるのは回り回ってみんなを不幸にすることになる。

 

とはいえ何かを作るというのは楽しいので、100点に届くことはなく、すでに92点ぐらいのものをこうすれば94点になる、いやそれは93点だ、こっちで95点にならないか、なんて議論を重ねていくのはとても充実した時間になる。

 

わたしも照明とか音響とかを、本質を弄らない範囲での微妙な調整をさせてもらっている。そこの設定を見ると、ああこういう風に作るのかと参考になることも多い。

 

「ん、何見ているんだい?」

 

残っているうちの一人が声をかけてきた。わたしと同じで外部から来た人だったはずだ。名前の色はワールド設計。確か人流のあたりをやっているんだったよな。割り振れられた場所に直接現れるだけだと味気ないので、演出の一環として所定の場所まで移動するというのがある。

 

もちろん実際の舞台の物理的制約はないので、それぞれの人は自分の好きな場所でステージを見ることができる。一番舞台の近くを求める人もいれば、全体を俯瞰できる席を求める人もいる。それは人それぞれだし、それに対応できるようにシステムは作られている。

 

「照明の動きですね、どれだけフェードかけてるのかを見てます」

 

何かを動かす時、いきなり動いていきなり止まるというのは不自然だ。物理で言うところの慣性の法則というやつだ。落ちるボールも手から離れた瞬間には動いていない。そこから時間をかけて速度を上げていくのだ。

 

一方で反発するときは急減速して、逆向きに再加速していく。こういう動きを扱うときには、そこにはリアルさを優先するか気持ちよさを優先するかで差がある、というのはチーフがたまに言っていることだ。

 

例えば今回の場合は、たぶん気持ちよさに合わせてあるのだろう。曲の拍と少しだけずらしてある。なにかが起こった文字通りにその瞬間に音がすると、人間の脳はズレていると思うのだ。どういうことかはよくわからないけど、100ミリ秒ほど調整するといい感じになることが知られている。

 

それをやったところで、1点変わるかどうかだ。ただ、作る側としては手を入れてしまいたいというのもある。そしてこういう動きのパターンを覚えておくと、何かを作る時の引き出しが増えていくのだ。

 

今どき、やろうと思えば全部文章で指定してAIに作らせることだって不可能じゃない。それでも自分が見て、聞いて、感じたことのある演出があれば、自分の中のイメージを固めることができる。わたしの知る限り、チーフを除いて、ゼロから人間並みに作れる人工知能はない。

 

「もう寝ろ、ソニドリさん」

 

技術監督がふわりと上方のポータルから降りてきて言う。小柄なアバターを使っているのもあって大きめの半纏がなかなかいい感じだよな。撫でたくなる可愛さがあるが、一般的に仕事の付き合いでそういうのは良くない。当然である。

 

「えっもうこんな時間ですか?」

 

メニューを開いて確認すると日付がもう変わろうとしていた。おかしい、今日は晩ごはんを早めに食べて明日の本番に備えてぐっすり寝ようと思ったのに。

 

「ああ、俺ももう上がる」

 

「……そうですよね」

 

「もし君と現実で会う機会があれば飲んでみたいものだな。もしこの業界に入ったなら言ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

それが社交辞令と意地が混じったものだということぐらい、わたしでもわかる。

 

VR業界は、それなりに辛い場所だ。わたしが学科を人工知能の方にしたのも、手に入ればそれなりには職のある資格を目指すためでもある。

 

ただ、それでも諦めるには眩しすぎる分野でもある。色々とやりたいことがあるし、もしきちんとした時間をとって、すごい人たちと何かを作れれば、それはきっと楽しいものになるのだろうとはわかる。事実、ここ数日はとても楽しかった。

 

これを続けられるなら、給与とか待遇とか関係ないと思ってしまうのもわかる。ただ、わたしはそこまで狂気に浸ることがまだできないのだ。今後できるかもわからない。

 

「ソニドリさんは、ガレーナさんより才能があるな」

 

「それは嘘でしょう」

 

あの人が人間だろうが人工知能だろうが、凄腕の空間デザイナーであることは間違いない。あれに勝てるほどのインプットとアウトプットの経験をするなら、本気でこの業界に入って何年も色々なものに関わる必要があるだろう。

 

「確かに速度であったり目であったり把握範囲であったり、そういう点では君は経験の不足がある。ただ、それでも一番集団作業で必要な技術については──これはガレーナさんが無いだけだが、君にはある」

 

「……コミュニケーション能力ですか?」

 

「そうだ。もう少し曖昧に言うなら、一緒に働いていて楽しいと思えるやつかどうか、だな」

 

「確かにあの人と一緒にやるのは難しいですよね」

 

一人で何かをすることに特化していて、他の人と繋がるのもビジネスライクか、あるいは相当理解し合っている人だけ。だからBar Panopticaの人は少ないんですよね。選抜が厳しいので。

 

「その点君は……話していて楽しい。何かそういう経験があるのかい?」

 

「少しだけですが」

 

わたしは曖昧に微笑む。ええ、人間関係についてはそれなりに詳しいんですよ。特定の分野に限りますがね。

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