セミダイブ!   作:小沼高希

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偶像は踊る、されど舞台は回らない 6

裏方でいいことの一つは、何かの作品に触れやすいということだ。

 

わたしはそこまで鏑音(カヴラネ)マトに思い入れがあるわけではない。あくまでそれは合成音声(シンセヴォイス)で、広義の楽器である。キャラクター性は強いけど、そこまではっきりとしたバックストーリーがあるわけじゃない。アホの子属性は定着してしまったが。

 

「CAM問題なし」

 

「保存速度良好です」

 

他の場所にいる人からの定期報告がログに流れていく。ライブは今のところ順調だ。

 

操作室にいる人員は少ない。VR端末だと情報の整理がしにくいからディスプレイのほうがいいという人は少なくないし、ここにいても正直できることは少ないからだ。

 

それでもわたしは、こういう舞台を裏側から見るのが好きだったりする。

 

拍手と歓声。これも全部直接それぞれの参加者のマイク経由でやってきているものだ。臨場感のためにあるが、昔はこれができなかったらしい。そうなると静かに見るだけで、わざわざ時間を指定して見る必要がないかもしれないと思うだろうが何故かその頃からVRライブはあった。

 

通信速度の増加や圧縮システムの改良、あるいはVR演出についての理解。そういう積み重ねがあって、体験というのは少しづつ良くなってきている。ちゃんとした機材も安くなったし、ちょっとした趣味としてVRを楽しんでくれる人がもっと増えてくれるといいのだけれども。

 

舞台の上で手を振る鏑音マト。かわいいな。デザインが3D化前提というのがこうやって見るとわかる。いろいろな方向から見た時でも良い感じになるように調整されているのだ。一方で個人が作ったアバターもある。こういう二次創作を広く認めているのは文化的下地あってこそだ。

 

「暇じゃない?」

 

わたしと一緒に操作室にいる人が声をかけてくる。この人はベテランさんだったはずだ。

 

「いいえ、リハーサルでは見きれなかったものもあって楽しいですよ」

 

「それならいいけどね」

 

そう言って相手はまたログが流れる画面の方に目を向けた。

 

観客席にいる様々な格好の人たち。アバターにはある程度の制限はあって、違反者は強制的にデフォルトのやつに切り替えられてしまうがそういうのはほとんどない。ここのあたりはどうしても人力でないと後の対応が面倒になるので、最終決定をAIに任せるようなことはしないというのが業界の約束だ。

 

人間というのは物語が好きな生き物だ。人工知能優越主義とでもいうべきだろうか、人間よりも人工知能のほうが多くの面で良いと主張する人がいないわけではない。しかし未だ人間の価値は、たぶんその実力に比べれば過剰に高く見積もられているところがある。

 

エラーログの赤色が流れる。何があった、と思う間もなくその赤色は消えた。

 

「こっちで確認した。些細なミスが直されただけだよ」

 

わたしが数秒かけてログファイルを開く前に声がかけられた。さすがはこういうのに慣れている人だ。

 

「……あるんですね」

 

「実際に問題になっても誰も気が付かないようなものだったけどね、音響の干渉らしい」

 

人間の耳でなんとか聞き分けられる程度の問題だと判断されているが、この程度ならアレンジされた曲の中なら聞き取ることはできないだろう。こういう処理を人間より早くできるのはさすがは人工知能、というところである。

 

機械の正確さと人間以上の洞察は、人間らしい分野──例えば芸術とかかでは表に出ないように調整されるのが一般的だ。知的財産の権利は人間しか持つことができない。AIが作ったものに意味を見出して、ストーリーを重ねて、心を動かす事ができるのは人間だけ、とされているのだ。

 

これには能力的な問題以上に市場的な意味がある。たとえ人工知能が人間の感情と呼ばれるものと同等のものを理解して模倣できたとしても、AIは顧客になってくれない。もちろんランキング操作であったりキュレーションハックというのはよくあることだし、その判断をするAIを狙うというのはマーケティングの邪道として研究が進められている分野ではある。

 

それでも、たとえどれだけ広報や宣伝に力を入れても、どうしようもない()()があるのだ。ある人はそれを魔物と呼んでいた。そう言うと、かつて「魔王」と呼ばれた人工知能、あるいはハッカーというのはその魔物を使役することができたからそう呼ばれたのでは、なんて考えてしまう。

 

「もうすぐ終わりだね」

 

「ここからミスをしてもリカバリーをする時間が無くなっていくということでもありますが」

 

わたしはそう答えて背筋を伸ばす。こういう時には寝そべって脳計測デバイスを使うのではなく、部屋の中心に立ってVR機材を使うことが多い。身体を動かすというのはかなり基本的な行動だし、これからそのまま眠るのでもなければ精度の面でもこちらのほうが上だ。

 

知っている曲が流れてきた。鏑音マトの代表曲の一つだ。古参のP(プロデューサー)──古のアイドル育成ゲームの伝統を受け継いだ呼称──と新鋭のMV担当者が手を組んだことで一気にランキングを駆け上った。照明や演出も、そのMVに影響を受けているのがわかる色使いと動きだ。

 

曲のテンポに合わせて足を動かしてしまう。音楽は好きだ。それは意識的に聞くものからBGMのように意識下で流れているものもあるけど、VR空間デザイナーの端くれとしてはそういう聴覚を操ることは他の感覚と同じぐらい重要だと考えている。あまり気にされていないけど。

 

砂を踏んだ時の音。壁を叩いた時の響き。そういうのがあると世界の奥行きが広がる。スイッチを押した時の感覚を後押ししてくれるし、ここからさきは今までとは違う場所だと暗に教えてくれたりもする。この音楽を作るだけでやっていける人もいるが、大抵の場合は合成させてしまう。

 

それでも、どういうのがいいかを指示するのは人間の仕事だ。人間は人間の仕事を見るためにこういう場所にそれなりのお金を払ってくるのだ。いや、ちょっと今回は例外かな。偶像というフィルターを通して、人間の仕事を適度に薄れさせているとかのほうが近いかもしれない。そう考えるとなんとも都合のいい話だ。

 

あまりこういう哲学についてしっかりと考えることはない。美術系の大学に進んだのであればぶつかるのかもしれないが、わたしが大学でやっているのは数多のクリエイターの屍と人間には殆ど見られることのなかった創作物の上にそびえる新しい知性についての勉強だ。

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