「乾杯!」
なぜかわたしが若手ということで乾杯の音頭を叫ぶことになった。乾杯と言っても、わたしの手元にあるのは麦茶なんですけどね。
一方でおつまみは色々買ってきました。こういうイベントに呼んでもらえるのはあまりないが、どうやらヒトという動物は皆で集まって何かを食べると楽しいと感じるらしい。給食とかはそうじゃなかったから、気の合うって一語を入れたほうがいいかもな。
「いやぁ今回はそれなりに上手くいきましたね」
「実際の問題はあったがな、スケジュールの設計だのダンス担当との連絡だの……」
上の方の折衝をやっていた人からすれば大変なことが多かったらしいが、それはわたしのような下っ端には関係ないのでお世話になった人に挨拶して回りながら時々お菓子を食べる。
「お疲れ様でした」
「ソニドリさんも本当におつかれ!いやぁ本当にバイト?本職じゃないの?」
そう言ってもらえると嬉しいが、正直ある程度身元を隠しているのでわたしは曖昧に同意するだけだ。暇な時間があるとなると大学生かフリーターってなってしまいますしね。フリーターとしてやっていくにはこの業界の給与水準は高くない。技術をつけながらバイト代を貰えるとすれば悪くないのだが。
このアカウント名は本名と繋がりがあるが、最悪特定されても切り離せるように放っているはずだ。物理的に接触してこられたら終わりだけど、その場合は素直に警察という国家権力に頼ることにしよう。法治国家万歳。
「ってことはだよ、人工知能単体でもそれなりにやる技術は確立されているわけで」
さくっと座った場所でされている議論の内容はちょうどそのあたりになっていた。ここはここ二十年ぐらい常に問われ続けているあたりである。
「うーん、わたしは難しいと思いますね」
「おっソニドリさんは反AIですか?」
「その言葉を安易に使うなら酒の席の無礼講でも済まなくなりますが?」
AIに対する態度というのは今なお古いタイプのSNSを定期的に燃やすテーマだ。みんなこういう議論で好き勝手言うの好きですからね。とはいえ、それは避けられない問題でもある。特に何かを作っている人にとっては。そういうわけでわたしの意見を軽く語る。
「なので技術的ハードルはまだあるんですよ、特に認知のあたりは特定のパターン以外ではまだうまく行きませんし」
わたし達は目から入ってきた情報を絵でも文字でも何でもかんでも雑に処理して、それを組み合わせることができる。例えばアスキーアートと呼ばれる分野は専用の人工知能というか処理システム以外では扱いにくいものの代名詞だ。普通の処理だとどうしても記号の羅列という形に引っ張られてしまう。
「……なるほど、ソニドリさんは人工知能を用いた創作についてどう思っている?」
「そうですね……」
あくまで真面目な、そしてもし互いに失敗したとしても酒の席として笑えるようなぐらいじゃないとこういう話はできない。
「わたしにとって創作というのは、自分が見たいけどまだないものを作る行為に過ぎないんですよ」
「へえ」
「手織りの布も機械織りの布も服として着るには問題ないように、人間の手で運ぼうがドローンで運ぼうが注文したものが届けば通販や宅配として問題ない感じで、何が作ろうが、わたしが楽しければひとまずはそれでいいのです」
かなり偏った思想だと思うし、けど率直なものだと思う。議論で悩んで楽しめなくなるより、自分の好きなものに囲まれたほうがいいと思う。
「……それだと、違法アップロードとかについてもそうなのですか?」
「犯罪行為はしませんよ」
今の時点で、特に日本ではAIの生成物を楽しむことは、そのもとになった作品がたとえ著作権法で守られている期間内のものであっても胸を張って合法と言える行為だ。
国によっては違法ってところもありますよ。ただそういう場所って創作の権利とかが色々制限されていたりしますからね。東アジアのあたりでは基本的にそこらへんは自由、ただし問題があったら潔く腹を切るがよい、みたいな感じです。進んでいるのか遅れているのかよくわからないな。
「ストリーミングはどうだ?古くからの法律で弊害があるから修正できないとはなっているが、違法にアップロードされたものでもストリーミングという形で一時的に保存するなら合法なんだよ」
「……知りませんでした」
「これは、君の中でどういう判定になる?」
「……難しいところですね、一般的によくないとされる行為だとは思いますが」
不儲という概念が創作界隈にはある。その作った作品で利益を得られないことを前提にする、という意味だ。これについては他人が儲けることを嫌った嫌儲思想との繋がりがあるのだが、このあたりは電網民俗学の分野なので専門家に任せよう。
こういう人にとって創作というのは世界に情報を増やす、ある意味ではボランティア的な行為だ。その場合、拡散などは出典を明記すれば許容されるものになる。別に儲けたいわけではないが、認められたくないわけではないというわけだ。
「まあ、新しい世代はそうなるか」
「ではあなたは?」
「もともと筋金入りの反AIさ。ただ、法は守るよ」
「批判するのも、法を変えようと言うのも自由だけど、ってことですか……」
「それと、楽しく飲むのもな」
そう言って相手はグラスを持ち上げた。いい感じに机の上のものとか食べている様子とかを補正してくれるので、話しかけるタイミングとか細かな空気みたいなものが伝わってくるので現実と同じようにやりやすくはある。
「価値観っていうのは人によっても変わるし、主流派も時代によってかわる。こちらは報酬なしには動かないし、法律の範囲内で権利を主張する」
「なるほど」
「君はどうだい、ソニドリさん」
「……自分が作ったものは、他の人の創作にいろいろな形で影響するはずです。直接的でなくても、AIに学習されればそれは薄く、でも広く拡散していく」
「理論上はそうだな」
「わたしはそれでいいと思います。自分が他の人の助けを受けて作ったのに、自分が作ったものを他の人が使えない形にするのは、わたしはよくないと思います」
「筋が通っているな。悪くない」
相手の一人が嬉しそうに言って立ち上がり、他の会話相手を探すべくウロウロとしだした。