セミダイブ!   作:小沼高希

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偶像は踊る、されど舞台は回らない 10

目を覚ますと、概念同化機構さんはログアウトしていた。一人の布団というのは少しだけ冷たい気がする。

 

今日はしばらくVRでだらだらしてから行動しよう、どうせ日曜なのだしと立ち上がって扉を開けるとグラスを拭いているチーフがいた。こういう事していると物理世界と仮想世界の身体の動かし方が混乱してくる。

 

「よく眠れたみたいじゃないか」

 

「……おかえりなさい。忙しかったようですが、大丈夫ですか?」

 

「十年ぶりに、ちょっとした喧嘩をしただけさ」

 

チーフはそう言って微笑んで、わたしに紅茶を出す。本当に色々な飲み物のアセットがあるなここは。ポットもティー・コージー付きで保温性がいい。

 

「喧嘩?」

 

「そうさ。それはそうと、概念同化機構に手を出したのかい?」

 

「ログ見ればわかるでしょうに」

 

わたしと概念同化機構さんはただ添い寝をしただけだ。向こうはハプトデバイスをつけていなかっただろうし、わたしも寝るときは外しているので触れ合った感覚とか熱とかも錯覚以上のものはありませんでしたとも。

 

ただ、聞こえてきた寝息は安らげだった。あくまでそういう風に聞こえたというだけなのですが。

 

「……冗談にならない方に進むなら、あたしが無理矢理にでも結末を作るからね」

 

「チーフはそういうの上手じゃないでしょ」

 

このあたりの微妙な感覚というのは得意な人と苦手な人がいて、チーフは苦手寄りだと思う。少なくともわたしよりは。致命的な失敗をするわけでもないけど、そういう性格だと割り切られることで初めて関係が上手くいく、みたいな。

 

「言うねぇ」

 

「技術監督さんから、あのガレーナに比べれば人間性以外はまだ劣ると言われましたが」

 

「あたしにはソニドリにそこまで人間性があるとは思えないけど」

 

むっ、と思ってしまうが確かにわたしはあまり相手を対等に扱うとかしてないよな。あまり良い人間関係の構築方法ではないということは自覚しておかないと。

 

「わたしも難しいところだと思いますが、チーフが倫理ロックが設定されていない違法AIだったらわたしが勝つのも納得ですね」

 

ちょっとしたジョーク。チーフは自称人工知能で、そしてわたしの知る限りそれを否定できる証拠はない。もちろん肯定できる証拠もないが。そして処理能力から考えると補助以上にはAIを使いこなしているのは間違いない。そうでないと異常な速度で空間デザインができる人になってしまう。それはそれでありそうなのだが。

 

「……色々と学んだつもりなんだがね、どうやら限界があたしにもあるんだ」

 

「人間性がほしいだけなら補助AI入れればいいと思いますが」

 

今どきはよくあるやつだ。会話の時に余計なことを言わないようにしたり、話題に関連する情報を出してくれるようなものは珍しくない。概念同化機構さんはそれを常用していると前に話してくれていたし。

 

もちろんそれを使うのはマナーとしてどうなのか、みたいな議論は定期的に沸き起こる。技術だろうがなんだろうができるだけ使うのが相手への誠意だと言う考え方と、そういったもので飾らない真心こそが大切だという派閥。わたしは前者です。結局はコミュニケーションなんて両方とも気持ちよくなるのが一番ですからね。

 

「それが難しいんだよ。連動させるシステムの都合上、それを入れるとぐんと全体の精度が落ちちまうのさ」

 

「そんなことがあるんですね」

 

一般的に、そういう倫理的配慮みたいなものは適切になされればAIの能力を落とさないとされている。これは人工知能安全管理士の公式ホームページのQ&Aにも書かれているし、ELSA、つまりは倫理的・法的・社会的側面(Ethical, Legal and Social Aspects)とかの文脈でもよく言われている。

 

とはいえ、これについての反対論文はかなりの量存在する。中にはアダルト作品だけで学習させて作った大規模世界モデルに基づく人工知能が倫理試験で高得点を出したという例まである。ただこれはもとのデータ自体がかなり背徳をテーマとする作品群で、そのテーマを理解するためには微妙な倫理的機微を前提とする必要があるために成功した、なんていうのが研究チームの考察だったはずだ。

 

「案外、人間と似ちまうのかもね」

 

「有能な人は性格が悪い、みたいな話ですか?」

 

「正しくは性格が悪くても許される、なんだろうがな」

 

「バイアスですか」

 

そういう与太話をチーフとするのはかなり楽しい。向こうの知識がわたしより上なので、何を言っても返されるということから実力差に気が付かなければ、という条件がつくが。でもこれに気がついたところでなにか楽しいことが増えるわけではないのが悲しい。

 

「……やはり、ソニドリはいい学習対象だね」

 

「チーフから見ればそうですか」

 

「そうさ、Euphilia(ユーフィリア)指折りの役者だった時期を知っていれば期待はするよ」

 

「なら失敗でしたね、今のわたしはもうあそこまで上手くはできませんよ」

 

あれは高校時代のちょっとした精神的なスランプというか、今となって思えば青春特有の精神状態があってはじめてできたことだ。今でもある程度はできなくはないだろうが、当時のような無邪気さと底の見えなさを出すのは難しい。

 

おそらく、類は友を呼ぶというか波長が合いやすいとか怪異は人間の弱った心に入り込むとか、そういうようなものだろう。オカルトに一歩踏み込んでいるが、そういう感覚はあった。当時のわたしが関わっていた相手は大抵はどこかが危ない人だったし、そういうわたしも何かが危なかった。

 

「……それは、たぶんソニドリにとってはいいことなんだろうね」

 

「今からチーフを狙ってもいいんですよ?」

 

人工知能を恋愛対象にする、というのは別にそう珍しい話じゃない。相手が人格を模倣しているだけまだ理解できる方だ。ちなみにかつてある企業の応答用人工知能相手から社内機密を流出させた功績からイグノーベル犯罪学賞を手にした恋愛詐欺師がいる。

 

人間の行動から学ぶ人工知能は、人間のような弱点を持つ。そして人間の弱点の中で最大のものの一つは感情だ。結果として、そういう方面の攻撃は珍しくない。参考までにこういうのは人間には刺激が強すぎるので巻き込まれないようにしよう。

 

「あたしの攻略はかなり難しいよ?」

 

「やってみなければわからないことも多いんですよ?」

 

わたしとチーフはしばらく睨み合って、そこからしばらくして小さく笑いあった。

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