セミダイブ!   作:小沼高希

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偶像は踊る、されど舞台は回らない 11

「なるほどね」

 

サクサクとレーションみたいな栄養食品を食べならがらアキさんは言う。今日はユミナさんは休みのようだ。連絡はさっきしてみたのだが返信はない。

 

「ところでアキさん、僕の話どれぐらいわかるの?」

 

「具体的な概念について理解の限界はあるけど並列で調べながら聞く分には理解できるから」

 

そう言ってアキさんは開いていたのだろうブラウザの設定をプライベートからパブリックに切り替える。ずらりと並ぶタブ。話に出てきたちょっと難しい概念が一通り出ているんじゃないかってぐらいだ。AI生成だとものによっては質に限界があるのだが、ちゃんとそこのあたりは人が手で打ったものを見ている。

 

「よく読めるよね、それだけの量を」

 

「慣れ。別に訓練された速読ってほどじゃないし、入れたもののほとんどは右から左に流れている」

 

「そうなの?」

 

「覚えているのは特に興味深かったこととかでもなければ断片的なものだけ。私を過剰評価したくなるのはわかるけど、単純な能力や知識の量で言えばミドリさんとそう変わらないはず」

 

「そうかな……?」

 

アキさんの能力は高い。量子情報学科らしくブラとケットが並ぶ数式をさらりと理解しているし、それなりに複雑なプログラミングもこなせている。どちらも僕にとっては難しいものだし、たぶん僕がちょっとやそっとの努力を重ねてもできない水準に達しているものもある。

 

「もちろん、量子プログラミングの知識でミドリさんに負けるつもりはない。それは私が短いなりにも数年間やってきたことで、自分の才能が向いていたって思う分野だから」

 

「そりゃそうでしょ」

 

「だからといって他の分野も同様に強いとは限らない。もちろん、苦手じゃないけど」

 

そうであってくれよ、と思うが苦手じゃないのか。このもそもそと食べている澄ました顔をどうやったら驚かせることができるかなんて事を考えるがあまりいい手段が思いつかない。

 

「そういえば、アキさんは試験とか、どうなの?」

 

授業予定は折り返しを過ぎているが、試験のタイミングは教科によってまちまちだ。僕の場合は半分ぐらいはちょっとしたものがあって、四分の一ぐらいはレポートみたいな形であって、残りは何もない。ああそうだ、書かなくちゃいけないレポートが残っているんだ。忘れないようにメモをしておこう。

 

「悪くないよ、ただ重複している履修科目がないはずだから上手く伝わらないと思うけど」

 

「見せて、って言ったら?」

 

「構わない」

 

僕の方にエンティティが飛ばされてくる。何かと思えば受けている授業と成果のメモらしい。よくまとめているな。僕はそういうのが面倒くさいのでレポートを忘れたりギリギリになって思い出して徹夜することになったりします。良くない。

 

「……あの、似たようなもの受けてるんですが、僕これ六割切ってしまったやつで」

 

「必要なら教える。遠慮はしないで」

 

さらりと言うアキさん。

 

「いいの?」

 

「大学生らしいことをしてみたいから」

 

アキさんは一見冷たいように見えて、けっこうおちゃめな人だ。それはそれとして人間関係が好きなわけではないのだが。いや、より正しく言えば人間関係がなくても平気だし、人間関係から得る喜びとかそれに対する積極性とかが少ないと言えばいいのだろうか?

 

「……それじゃあ、お願い」

 

そう言って僕はその点数の悪かった試験の紙を出す。ちょっとびっくりされたようだ。ええ、まだ紙を使う授業もあるんですよ。不正がしにくいというのが理由だが、僕としてはちょっとした図とかを使えるので嫌いじゃない。ただ疲れはするが。

 

「わかった、じゃあまずは複素関数論における特異点の話だけど……」

 

アキさんの解説は、少し辛めだった。掘り下げるように僕のわかっていないところとわかっているところを特定していって、足場を組むみたいな説明をしてから最終的に解けなかった問題についてのアプローチを説明する。

 

特にXR端末上で三次元のグラフとかを普通に出してくるあたり、この分野の視野が高いなと思う。僕は問題を見るだけで怖気づいてしまうのに、アキさんはそれを解く方法は複数さっと思いついていて、そのうちどれが面白いかな、などと考える余裕がある。

 

そういうのに対する劣等感みたいなものは持たないほうがいいのだろうが、どうしても辛いものがあるな。同年代の相手がどれだけやっても手の届かない場所にいるという事実は、何度見ても嫌なものだ。

 

「……あれ、そう考えると問題が簡単に見えてきた」

 

ただ説明は上手だ。普通はこういう天才みたいな人ってわかりやすい解説ができないみたいな話があるが、アキさんは僕に合わせられる程度の高みにいるらしい。

 

「見たところ基本的な問題をしっかり押さえているし、純粋な練習の不足だと思う」

 

「はい……」

 

「途中経過のイメージがあったとしても、一旦は手を動かして解いてみて。それは遠回りに見えるし、辛いだろうけど、少なくとも私はそれで実力がついた」

 

生存バイアスじゃないかとも思いたくなっている僻んだ僕がいるが、有用なアドバイスであるのは間違いないので素直に従うことにしよう。

 

「……ちょっと、やり直してみる」

 

「どうぞ」

 

そうして僕はXR端末を外し、ノートにシャープペンシルを走らせる。数式の変形で少しだけつまったが、結局示したかったものは導出できた。

 

「おめでとう、ミドリさん」

 

「……ありがとうございます」

 

「やっぱりこうやって教えると、少し落ち着く」

 

「何がですか?」

 

「いや、さっきミドリさんの話を聞いていて私も友達が他の人と楽しそうにしているのを見ると嫌な気分になるんだな、って思って」

 

笑顔だがその言葉は普通に危ない人のやつだと思うんですよね。ただ先日からこのあたりのセンサーが僕はどうも狂っているらしい。もとからそうじゃないかと言われれば否定できないが。

 

「……そう」

 

「高校の頃はずっと通信で、世間話をする人もいなかったから特に、ね」

 

「アキさんって、火曜日以外に授業以外で大学で話すことある?」

 

「ゼミの発表とかあるわよ」

 

「ゼミ!?」

 

あの、一年生ですよね。普通ゼミって三年生とか四年生がやるやつですよね。なんかさっきまで親近感持たせようとしていたと思うのですが、それ全部ひっくり返されましたよ。いやでもそういうすごい人が自分を友達だと思って良くしてくれているのは……、それはそれで、面倒なことになる気もしなくはないかな。

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