セミダイブ!   作:小沼高希

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Who stole the fire? 6

「おかえり、ソニドリ。どうした、健康診断で悪い結果でも出たか?」

 

小さく笑いながら言うチーフ。Bar Panopticaには人は来ていないようだ。日曜日の午後だというのに。

 

「その通りですよ、かなり危ないって出てました」

 

そう言ってわたしはチーフにエンティティを投げる。さっき「Look in Yourself」で取ってきたデータのまとめだ。あのワールドは重篤な場合に直接医師とかに連絡できるよう紹介状みたいなものを作ってくれるシステムがあり、それを利用した形だ。

 

睡眠不足、狂った生活リズム、そして昨日までやっていたパズルの影響。それを加味しても、わたしの脳は何かに汚染されていた。

 

汚染、という言い方もどこまで正しいかは難しい。例えばある小説を書いている人が言っていたのだが、読んだ作品とかの癖が残るらしい。文体とか、言葉づかいとか、そういうところに少しづつだけど、何かの影響が現れるそうだ。

 

とはいえ、その人はそうやって積み重ねてきたものが自分の作風になっていると言っていた。影響を受けること自体は普通だし、それは別に良いも悪いもないのだ。ただ、それが意図しない範囲で起こって、予想以上に大きい場合に問題が発生する。

 

「この手口はあれだね、東亜・南海戦争の頃の基層工作って呼ばれたやつに似ている」

 

「……反戦とか?」

 

東亜・南海戦争の終結は一般的には中国共産党内部のクーデターだとされている。軍部寄りの首脳部を排除して、若手官僚が中心の派閥が政権を握り、うまい具合に手打ちにした、とか。正直このあたりをどう解釈するかで思いっきり政治思想の争いに足を踏み入れるのでしたくない。我が国でも百年近くの歴史を持つ与党が四分五裂した程度には面倒なやつだ。

 

でも、それが実現した理由の一つが参戦国の多くに漂っていた厭戦感情があってこそだった、という話も聞く。それができなかった他の地域ではもう少し戦争は長引いた。そして、その厭戦感情は相互に行ったネットを通した工作によるものだなんて話がある。

 

「概ねはそうだね、本来は相手の意志をくじくつもりが自分たちの意思も砕いてしまった。結局日中韓の政治が崩壊して、北朝鮮がプレイヤーに登り出たわけで」

 

そう言って思い出し笑いをするように、くっくっとチーフは声を出した。これがAIならなんとも複雑なシステムを搭載していることになる。

 

「……そこらへんの政治、大変ですよね」

 

互いに戦争をやめよう、悪い首脳陣を倒そうというメッセージを送り合い、そして双方とも実現してしまった。おかげでここ十年の東アジアは政治的には大混乱である。経済的にはコンテンツ系がかなり発展しましたけど。

 

基本的にわたしがいるのは日本語圏だが、少し出れば東アジア系の繋がりもある。リアルタイムの翻訳が基本的な意思疎通を可能としてくれるとはいえ、相手の細かいニュアンスを把握しようとなると練習が必要だ。高校時代に中国語や韓国語と意味の異なる熟語をそれなりにやったので、偽中国語ならある程度はできるけど。

 

「まあね、ただ平和のほうがよっぽどマシさ。っと、あんたの脳の話だったね」

 

頷くわたし。チーフは色々と資料を取り出しながら説明してくれる。なるほど、このデータってそう見ればよかったのね。自分で読んだときより、実際はマシらしいことが明らかになってきた。少なくとも、いきなり火炎瓶を持って国会議事堂に突撃するほどに思想を書き換えられたとかではないそうだ。

 

「……つまり、あの交錯現実ゲームはそれを狙って作られていた、と?」

 

もちろん、核というテーマを扱っている以上は想定はしていた。結局百年近く戦場では使われていないにもかかわらず、その存在だけが伝説となり、外交のカードとなったもの。いや、この知識もあのゲームの中で学んだものだな。

 

「あたしのほうでも今調べてみているけど、かなり色々含まれている匂いがするね」

 

そう言ってチーフが分析ログを見せる。わたしがやった時と比べてもう少し力技で解いているようだ。このあたりは問題に対するAIの適切な選択とかのコツがあって、それを使いこなせるチーフならではと言えるだろう。

 

「戦中の技術ですか」

 

「ああ、あたしだって使ってるものがあるぐらいだ」

 

「あるんですか?」

 

「文字組みについては、翻訳対応を踏まえたデザインをしてるよ。そういう気配りも、言い方を変えれば別言語圏への浸透のためだからね」

 

「なるほど……」

 

多くの予算と人員が注ぎ込まれ、様々なものが生まれたという。中華人民共和国が停戦案を出したのが2039年、つまりはわたしが9歳のとき。VR世界に飛び込んだのはそれ以降だから、わたしはそういうものが完成して、情報が氾濫してしまった後の世界しか知らない。

 

ただ、昔の仮想空間は今とは雰囲気が違ったそうだ。それは古い時代に作られたワールドに行くと、なんとなく感じることができる。流行とか、ノウハウの積み重ねとか、あるいは当時の技術的限界とかがあるのかもしれないが。

 

落ち着く、とも少し違うんだよな。たぶんレトロというふうにわたしの中ではまとめられている、微妙な肌感覚みたいなものがそこにはある。それに比べると現代のワールドは、いろいろと選択肢があってほしい情報がすぐに手に入るように設計されている。

 

「脂っこい食べ物みたいなもんだよ、ああいうのは」

 

チーフはある程度の不便を好む人だ。より正確に言えば、不便を体験として組み込んで総合的な満足感を高めるデザインができる。

 

「胃もたれ、わたしはあまりしませんよ」

 

「若さの自慢かい?」

 

「チーフは人しか食わないでしょう?」

 

はっはっは、とわたしとチーフが笑う。うん。こういう応答がちゃんとできているあたりわたしもまだ完全に汚染されたわけではないようだ。思考が汚染されるともっと簡単な言葉で反射的にしか話せなくなる。もちろんそういうのは楽でいいのですが、言葉というわたしの持つ武器が錆びてしまうのであまりしたくない。

 

「ソニドリのほうも気をつけるんだね。拾ったものを確認もなしに食べたらいけないって学んでないのかい?」

 

のめり込むような交錯現実ゲームに安易に手を出したことへのあてつけかな。

 

「あいにくインターネットのドブで産湯をつかったんで、そんなお上品なことは知らないんですよ」

 

とはいえ気をつける必要があるのは間違いないな。ただ、最後までクリアしておかないと気が晴れないから挑戦は続けるけど。

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