セミダイブ!   作:小沼高希

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栩栩然として学生也 6

結局ユミナさんとアキさんもVRをしっかり楽しんでいた。何よりだ。

 

「……ところでさ、これっていくらぐらいするの?」

 

VRヘッドセットを外したユミナさんが言う。

 

「それだけなら十万円切るはずだよ」

 

「それでも高い……」

 

「良く考えてユミナさん。据え置きゲーム機もそれぐらいするものもあるわよ」

 

「そう考えると安いかも」

 

アキさんがなんか良からぬことを吹き込んでいた。

 

「待って、実際にはそれだけではさっきの体験ができなくて、例えばあそこにあるカメラとか、こっちのコンピューターとかも必要で……」

 

僕が言うと、ユミナさんは改めて部屋にあった色々に気がついたようだ。

 

「……あれ、じゃあもっとするんじゃ」

 

「百万円を超える?」

 

「ノーコメント」

 

アキさんの質問に僕は視線をそらす。いま部屋で見えているものだけなら超えないはず。たぶん。

 

「……ミドリさんって、勉強の時間、ちゃんとある?」

 

心配そうに言うアキさん。

 

「……いちおう普通入試での合格だから、学力がないとは思わないけど」

 

「そう。私は総合選抜だった」

 

「ウチは学校推薦!」

 

今でもおよそ半分は普通入試、つまりは共通テストを受けてその後に大学の作った紙の筆記試験──21世紀も半ばにかかろうとしているのにこのような旧弊は消えてくれない──を受ける方法で入学者が決まる。残りはそういうもの以外の面を総合的に見るやつ。

 

「アキさんはあまり総合選抜って感じに見えないけど」

 

不思議そうに言うユミナさん。これは偏見だとはわかってはいるけど、真面目で勉強ができる人は普通入試で入ることが多い。

 

「私も期待はしていなかったのだけれども、なぜか合格できた」

 

「やっぱ頭いいんだねアキさんは」

 

「いいえ」

 

「……どういう感じの面接とかされるの?」

 

「私の時は昔作ったアルゴリズムの話とか聞かれた。面接の担当の先生が知っている人だったからあまり緊張しなかったし」

 

あっけからんというアキさんに、僕は息を吐く。これはあれか、大学側が優秀な子を先に囲うための推薦を通った形か。

 

「それってウチにもわかる話?」

 

「……量子コンピューターってわかる?」

 

「なんかすごいやつ」

 

「あれをうまく動かすプログラムを書いた」

 

「とても凄いんだね、アキさんは……」

 

ユミナさんはポンコツというか勉強の方にはあまり向いていないのかもしれないな。僕がとやかく言うのも良くないけど。

 

「質問になるけれども、ユミナさんはどうしてこの大学に入ったの?」

 

「ええとさ、ウチは中学生の頃に商店街のイベントでXR……ええと、本当はARだっけ?それを見せてもらったんだよ」

 

アキさんの質問にそう言って、ユミナさんはXR端末を装着した。

 

「共有するね」

 

飛んできた申請を承認すると、検索結果を示した画面が現れた。2044年の12月に公開されたネットニュースの記事。埼玉のとある街で行われた、イルミネーションについてのものだ。いやこのARを使うやつはイルミネーションでいいのだろうか?

 

「これ見て、凄いなってなった。ウチもこういうのをやりたいって。だから拡張現実学科を選んだ」

 

「……二人とも、ちゃんと僕より考えているんだ」

 

「ミドリちゃんはどうなのさ」

 

ユミナさんの質問に、僕は少しためらった。

 

「……他の大学が第一志望だった。落ちたから、ここに来た」

 

「そっか、まあ今が楽しそうだからいいか!」

 

ユミナさんはそう明るく言って、僕に肩を組んできた。ああそうか、身長差があるからこういうことが自然にできるのか。羨ましいな。

 

「……つまり、勉強ができる可能性がある?」

 

「いやどうだろ」

 

アキさんの疑問にはちょっとうまく答えられる気がしない。確かに教室の様子を見るに真面目に授業を受けている方ではあるだろうけど。

 

「遅くなっちゃったな、二人はこの後予定とかあるの?」

 

ユミナさんの言葉に外を見ると、確かにかなり暗くなっていた。

 

「私はない」

 

「僕も」

 

「それならさ、ご飯とか食べに行かない?他の学部の人と、それも真面目な人達とウチが繋がれる機会が無いから逃したくなくて」

 

僕とアヤさんは顔を見合わせた。たぶんではあるが、アヤさんも僕と似て現実での人間関係を作るのが大好きというわけではないのだろう。少なくともユミナさんほどではないはずだ。

 

「……私は行く。大学に入ったんだもの。同期の知り合いの一人や二人、作っておかないと」

 

アヤさんの言葉にちょっとユミナさんが引いていた。知り合いすらいないのかよと目が言っている。失礼なやつだな。あなたはここでは少数派なんですよ。僕は……いなくはない、かな。名前を知っているぐらいの仲だけど。

 

「ミドリちゃんは?」

 

「僕も行くよ」

 

「よっし、じゃあウチがいいお店教えてあげる!」

 

そう元気に言ったユミナさんは、とても自信ありげだった。

 


 

実際にユミナさんに紹介してもらった定食屋は雰囲気が良くて、なおかつ量も多かった。大学生同士がちょっと晩ごはん食べに行くにはちょうどいい場所なのだろう。高級すぎるわけでもないのもいいところだ。

 

「……まだ、時間はあるな」

 

明日も一時限目から授業があるため、あまり()()()()にいることはできないだろう。それでも顔を出しておくと寝付きがいい気がする。気のせいかもしれない。

 

メイクも落として、顔を丁寧に洗って、肌の手入れをきちんとしておく。こういう準備を怠ると、あまり見たくない自分を世界に晒すことになってしまう。

 

そして丁寧に電動マッサージャーで頭皮の脂を落とす。こうしないと脳電位の測定の精度が下がる。だから僕は髪をあまり伸ばせない。

 

準備は終わった。ベッドの下に隠しておいた色々な機材を取り出して、セットアップを始める。

 

さっきまでユミナさんやアキさんが触っていたVR体験は、あくまで誰でも体感できるように調整されたものだ。ただ、十分なセンサーと個人ごとに作られたプロファイル、そして訓練があればもっと凄いことができる。

 

腰椎に当たるようにセンサーベルトを巻き、手には触覚(ハプト)デバイスである手袋型コントローラーを装着。頭をヘルメット型の脳機能計測デバイスに入れると、ドライヤーで良く乾かされた髪の隙間にぬるりとした感覚が通っていく。内側から生えた柔らかな針状のプローブが頭皮に触れるのは、何度やっても背筋がどうにも変な感じになる。

 

「よし、行ってきます」

 

ヘッドセットを下ろす時に僕がこの言葉を口にするのは、()()()()()()()()を切り替えるためだ。バーチャル世界では、身体の動かし方からして現実とは異なる。違和感を表情に出さず、ある種のイメージに置き換えることで脳機能計測デバイスに伝える必要もある。

 

だから、そこが混ざると物理世界でも混乱が起こる。そうしないための、おまじないのようなものだ。

 

目を閉じて呼吸を整える。起動までの時間は、決して短くはない。昨日と今日の脳活動の差分が無いかどうかを確認しながら、数ギガバイトの脳プロファイルが読み込まれていく。

 

環境音がする。目を開けると()()()は、いつもの馴染んだ薄暗い酒場の入口に立っていた。

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