セミダイブ!   作:小沼高希

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Who stole the fire? 10

「……それで、寝ないのか?」

 

カウンターで隣に座るかせくり氏から、わたしは声をかけられた。

 

「集中したら目が冴えてしまって」

 

そう返すと、かせくり氏は納得したように頷いた。

 

「ま、そういう時もあるさ。俺は明日は休みだからのんびりするがな」

 

「有休ですか?」

 

「いや、普通に休暇だ。忙しいが休みはちゃんと入るからな」

 

話を聞くに、どうやら関わっていた工事が一通り終わって次の仕事までの微妙な時間が生まれたので休みらしい。いいな。わたしは大学の方しばらく休みがないのだが。

 

「仕事ですか、大変ですよね……」

 

「まだ逃げてたいのか?」

 

「当然です。人類が真に労働から開放される日が来ることを望んでいるので」

 

「そいつは人類が生きることから開放されるときかもしれないね」

 

チーフがそう言いながら、わたしの前にカクテルを置いた。

 

「モモ……ですか?」

 

赤みの強い液体に浸された、何かの実。

 

「ネクタリンという果実だ。赤ワインに漬けてある」

 

「サングリアか、特例酒だな」

 

かせくり氏がグラスを見て言う。

 

「特例?」

 

「実際のバーなどでこれを出す時には税務署への届け出が必要になる」

 

「へぇ……。ただ漬けただけに見えますが」

 

「もとのワインの度数の問題だ。発酵が進む可能性があるってことで規制がかかっているんだよ」

 

「へぇ……」

 

とはいえ味とか香りとかを感じられる環境ではないのであくまで雰囲気を楽しむだけだ。

 

「それでソニドリ、あんたは人類を開放したいって?」

 

「語弊ですよ。いやでも実際のところ、AIって人類を滅ぼせるんですか?」

 

「……かなり難しいだろうな」

 

かせくり氏は伏し目がちに言う。

 

「そうだねぇ、いくつか挙げていくか。核兵器は?」

 

「セキュリティに物理層が含まれている。それに地球上の核兵器を使って人類を絶滅させるには人類は散らばりすぎている」

 

「そう。ああ、こちらがシミュレーションだ。直接的にはたかだか数千万人しか減らせないな」

 

チーフが地球儀を浮かべてくれる。ミサイルが飛び交い、さらりと主要都市が核の炎に包まれていく。なるほど、逆に言えば主要都市しか焼けないからこうなるのか。このあたりの知識は最近詰め込んだのでまだ覚えているぞ。

 

「効率を考えるならもっといい方法がありそうですね」

 

わたしはデータを見ながら呟く。

 

「ただ、これによる気候変動は考慮する価値があるな?」

 

そう言ってパラメータを追加していくのはかせくり氏。

 

「不確定要素の多さは考慮すべきだよ、かせくり。いくつかの推定があるが、どれも曖昧なデータを用いている」

 

チーフが表示させていくグラフを読み取るに、太陽光の減少による気温低下とそれに伴う農業生産量の低下を示している。

 

「それならエアロゾルのほうが良くないか?」

 

「なるほど、試してみよう」

 

別のデータだが、これはもともと地球温暖化を止めようとした研究から引っ張っているらしい。なるほどね、空気中に()()を撒いて日光を減らす、と。ただこれが一定以上を超えれば農業にダメージを与えられる。結局食べるものがなくなれば人は死ぬのだ。

 

下がる温度は数度。とはいえ、これは産業革命以降人類が温暖化によってあげてきた温度を数年でもとに戻すのに等しい。これだけの影響があれば気象も生態系もひどいことになるだろう。

 

「ただ、これでも小規模なコミュニティは生き残るよな」

 

かせくり氏がまた別のデータを出してきて言う。何のデータかと思ったが火星移住計画用の閉鎖環境構築のモデルだった。この速度は互いに補助AIを使っているな。わたしも解禁するか。

 

情報が一気に表示されていく。議論を先取りするように処理されたいろいろなデータが行き交う。

 

「つまりは感染症などの方が決定的な打撃を」

 

「思想方面はどうだ?集団自殺を推奨するような体系を……」

 

「小惑星爆撃もできますよ、ソーラーセイルで誘導していけば」

 

とまあ、なんとも危ない会話である。ちょっと間違えるとAIの倫理規定に引っかかるが、あくまで思考実験であるということなので問題ない。このあたりは結構微妙な政治的バランスの上で成り立っているところはありますけどね。

 

結局それなりの時間議論をして、人間はしぶといということになった。それに長期的に人類を減らしていく場合、人工知能陣営のほうがハードウェアがなくなって詰んでしまうのだ。

 

「つまり、長期戦を狙うなら自己生産可能なロボット工場を構築する必要があるな」

 

かせくり氏はそう言って、空中に散らばったメモを回収していく。かなり楽しい議論ができた。

 

「フォン・ノイマン・マシンだね、未だ実現できない機械工学の聖杯だ」

 

チーフが言って、何かを展開した。

 

「なんですかそれ」

 

「これは多くのパーツを自己生産できる3Dプリンター。所定の場所にモーターや制御機器が置かれていればそれを組み込み、完成品を自身の隣に作ることができる」

 

タイムラプスで再生される機械は、確かにそういう動きをしていた。溶けたプラスチックを出すノズルが同時に部品を掴むアームにもなっている。そして最後に折りたたまれたような状態の3Dプリンターが隣に移されて展開されるというわけだ。

 

「ただ、問題は多い。電子部品に依らない制御を導入すると複雑になりすぎるし、電子部品を作るにはもっと複雑な機構が必要になる。材料についても考える必要があるな」

 

かせくり氏はそう言いながらプリンターの3Dモデルを触っている。あ、これってかなり自由に使えるライセンスで公開されているんですね。置物にいいかもしれない。

 

「やっぱり人間という部品が便利すぎるのが問題でね、AIが人類を滅ぼさないでいられるのは、案外人間という生き物が必要だからかもしれない」

 

チーフが言うが、あまり笑えないな。

 

「具体的にはどういう点で便利なのですか?」

 

「器用な手先。汎用的な学習システム。高いエネルギー効率。生産には時間がかかるのが少し問題ではあるが、許容範囲だ」

 

なんというか本当に人間を部品と見るとそうなるのはわかるが、しかしたしかにこう言われてみると人工知能が代替していない仕事はけっこうこの辺だ。マニピュレーターが高性能になっても人間の手にあらゆる面で勝つには至っていない。

 

「……なんだいソニドリ」

 

「いえ」

 

ただ、チーフがAIならバーチャル世界においては人間の能力を超えることはできているんだよな。これが物理世界に出てこないことを祈ろう。

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